第40話 出発の日


 「それでは行ってきますマリアさん!あ、あと社長も!」


 「おいおい…俺はついでかよ。…いいかクロード、それにネルネルも…これは我が第一支部、始まって以来の大仕事だ!だから気張ってやって来い!」


 この偉そうな、銀髪の天パで筋肉質のおじ様が、<ジャック-オブ-オール-トレイズ>の第一支社の支社長だ。


 名前はアイザック・ニューバード。


 ネルさんが言うにはニューバード伯爵家の三男らしい。


 「はい社長!必ずやコンクールで大賞を受賞してみせます!頑張りましょうねネルさん!」


 「朝から大声を出さないでくれたまえよ…。私は朝にめっぽう弱いんだからね…ふぁー。」

 

 欠伸をして眠そうにしているネルさん。

 

 まぁ、しょうがないか。今、朝の四時だもんね。


 何故こんな早くに出発するかというと、朝の魔空艇の[滅子爵]領行きの便がこの時間にしかないからだ。


 「ほらシャキッとして下さいよ、魔空艇に乗ったら二時間は寝れますからね。では、今度こそ行ってきます!」


 「だから大声を……」


 「クロード…私はとても心配です。決して当日に遅刻しては行けませんよ?ハンカチは持ちましたか?社長…やはり違う人員に変えた方が…。」


 マリア!あんたは俺のお母さんか!


 「大丈夫だマリア!クロードもガキじゃねぇんだ。それくらいできらぁな!それに作った本人が行かなきゃ、スムーズにプレゼン出来ねぇだろ!なぁクロード?」


 「はい、大丈夫です社長!マリアさんも、そんな心配しないで下さい…一週間くらいで帰りますから。お土産買ってきますね!」


 「…分かりました。もうこれ以上は何も言いません。気をつけて行ってらっしゃい…ネルネルもね。あっ、グレースがあっちで待ってますからね」


 はい、分かってますよー。


 俺とネルさんは最後の挨拶をして、魔空艇に乗り込んだ。


 魔空艇が浮かぶ時の浮遊感が、自分が飛ぶ時とはまた違った感じがして心地いい。


 段々と小さくなるマリアさんが、ずっと手を振っているのが俺の目にはハッキリと分かった。


 「…さて、ネルさん、[滅子爵]領の空港まで大体2時間ちょっとくらいですからね。寝るなら早めに寝て下さいよー」


 「ああ、そうさせてもらうよクロード。私達の客室は何号室だい?」


 「ふっふっふ…なんと!社長が奮発して個室を取ってくれましたよ!あの金持ちしか取らないと言う、一桁台客室の…2号室です!」


 「…そりゃあ襲われる心配がなくていいね…。じゃあお先にいってるから…おやすみ」


 なんて感動のない女なんだネルネル!いや!朝ネルネルめ!


 「あっ、ちょ、ネルさーん!俺はしばらく空の景色を楽しんでますからねー!ちゃんと鍵して下さいよー…って聞いちゃいないな」



 …それにしてもやっとこの日が来たな。

 本当に怒涛の三週間だった。


 俺が最初に持ってきたリングの設計図は、更に改良を重ね、手だけではなく、足や首用の物まで作った。

 

 一番時間が掛かったのは、悪用を阻止する為の緊急停止用プログラムを組み込んだ事だ。

 

 「完成したのはギリギリだったけどね。後の根回しは社長に丸投げしたし、後はコレを三日後のコンクールで発表するだけだな」

 

 ウェクトルとロゼッタも今日の昼くらいの便で出発の筈だ。


 サボリさんは一週間前に先に行ってしまった。


 何事もないといいけど。


 『おーい!そこの兄ちゃん!酔い止めの薬持ってへんか?連れが酔っ払っちまってな!景色でも見せたら、治るん違うか思たんやけど…この様やねん』


 俺が外の景色に目を奪われていると、濃い青色の髪をした糸目の男と、具合の悪そうな赤毛の美女が声をかけてきた。


 「も、持ってますよ!これをどうぞ!」


 マリアに無理矢理待たされたのが役に立ったな。


 『いやーおおきに!ほれフローラ、優しいお兄さんが薬くれたで!さっさと飲みいや…ほれ水やで』


 男は薬を女の子に渡すと宙に水球を生成した。


 恐ろしく速い魔法の発動だったな…。


 『か、かたじけない…ネーロン、それに見ず知らずの優しい男の人よ…早速頂こう』


 そう言うと女の子は粉薬を全部流し込み、水をがぶ飲みした。


 マリアさんから貰った酔い止めはどうやらお高いやつだったらしく、すぐに効果が現れたようだ。


 『…おっ!これは凄いな…もうだいぶ楽になったよ。ありがとう名も知らぬ青年よ!』


 『ホンマかいな…まさかごっつうお高い薬やったん違うやろな?』


 うん、多分ごっつうお高いやつや。


 「さあ?俺も貰い物なので値段は知らないんですよ…ハハハ。だから気にしないで下さい」


 『そんな訳には行かない!目には目!歯には歯!恩には恩!怨には怨!が私の信条だ!私は受けた恩や借りを、そのままにしておけないタチなのだ!』


 『すまんな〜めんどい女で。分かってくれや兄ちゃん…兄ちゃんそのカッコからして、技術職やろ?ならあれがいいんちゃうかフローラ?』


 『あれ…?あ、ああ!ずっと前に倒した時、ドロップしたが使い道が無かったあれか!うん!それがいいな!ほれ青年…受け取ってくれ』


 女の子は腰に縛っていたオシャレな布袋から大きめな魔石を取り出した。


 見たところAからSランクはありそうだ。


 「いえいえ受け取れませんよ!こんな高価な物!釣り合いが全く取れてません!」


 『いいから受け取ってくれたまえ!私にとってはこんな魔石より、先程貰った薬の方がよほど価値ある物だったよ。だから遠慮はいらない』

 

 『せやで、コイツはこうなったらテコでも動かんのや。こんな押し問答してる間に目的地についてまうわ。だから俺の為に受け取ってくれや』


 なんでお前の為やねん!まぁ、付き合うほうも大変だけども!


 「わ、わかりましたよ!受け取りますよ!受け取ればいいんでしょ!…はい!受け取りました!…これで俺は貴女に借りができてしまいましたね…。俺はいつまでも待てるタイプなので、今度しっかりと返します!」


『ハハハハハ!こんな返しをされたのは、君が初めてだよ青年!そういえば自己紹介がまだだったね…私はフローラだ。君の名前を教えてくれるかい?』


 「俺はクロードです。今年大学を卒業したばかりのピチピチの社会人です!宜しくお願いします!」


 前世合わせたらオッサンだって?聞こえません。


 『フフフ…まるで交際を申し込む勢いじゃないか。はい、宜しくお願いします』


 やめろ!大人の色香を振り撒くな!


 『なにを二人で盛り上がってんねん…。クロード、ワイはネーロンや!よろしゅうな!』


 も、盛り上がってねぇし!これが普通だし!


 「こ、こちらこそ宜しくお願いします、ネーロンさん。お二人は[滅子爵]領へは仕事ですか?それとも観光?」


 『ああ…私達はとある薬のざいりょ…い、痛い!何をするんだネーロン!』


 『馬鹿タレ!何を心開いて、仕事の内容ベラベラ喋ってんねん!極秘言われたん忘れたんかこのドアホ!…すまんなクロード…ワイ等は仕事で来たんやけど、内緒やねん。部外者には教えられへんねん、堪忍したってや』


 「いえいえ、会社の情報を簡単に教えてはダメですからね、俺もそれくらいは分かりますよ!だから気にしないで下さい!」


 いつの時代も社内情報は極秘なのだ。


 『す、すまないクロード…私が不用意だったよ、許してくれ。』


 いや、別に俺に害は無いからそんなに謝らなくても…。


 「フローラさん…そんなに謝ら……何か凄い揺れてませんか?積乱雲にでも捕まりましたか?」


 『いや…魔空艇はそんなに高く飛ばん。それに見てみぃ、雲なんか殆ど無いで』


 『だが…確かに揺れている…まさか船に異常が?』


 俺達が悩んでいると、船全体に異常を知らせる放送が鳴り響いた。


 《只今、船が揺れております。担当の係員が至急対応しておりますので、パニックにならない様、落ち着いた行動をお取り下さい。デッキまたは客室外を出歩いているお客様につきましては、直ちに客室まで戻り、次の指示があるまでお待ち下さい。繰り返し…》

 

 どうやら状況は結構やばそうだな。


 『あちゃ〜、こりゃケッタイな事やで。クロード、お前一人で来たんか?』


 そうだ!ネルさんがいるんだった!


 「いえ!同じ会社の先輩が部屋に居ます!急いでもどらなきゃ!」


 『大丈夫さ、最近の魔空艇は堕ちても大丈夫な様に作られてるらしいじゃない。でも私達も客室に戻った方がよさそうだ。船外に飛ばされたら流石に死んじゃうからね』


 俺達は急ぎ客室まで走り出す。



 もー!なんでこんな事になるんだよ!

 




 

 

 

 

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