第39話 魔法絶対主義者のボス


 帝都の南東にある、[魔男爵]領のさらに外れに"コルマル"と言う小さな街があった。


その街の住人は、魔法絶対主義者マギアイストとまではいかないが、魔法の無い生活など考えられないと思う者が多く存在していた。


 当然、魔法絶対主義者マギアイストが拠点の一つを構えるのにうってつけの場所でもあった。


 「ジョン・ドゥ…傷はもう宜しいのですか?」 

 「エヴァか…ああ、もう大丈夫だ…。それにいつまでも寝てる訳にもいくまい」


 あの剣士…九十九ツバメとの闘いから、もう一月以上の時間が経とうとしている。


 いつまでも時間を無駄には出来ない、まだまだやる事はあるのだから。


 「ああ、そういえばジョン・ドゥ、ボスが一度顔出してくれと言っていましたよ?」

 「馬鹿者!何故それを早く言わない!ボスを待たせるなどあってはならない事だぞ!」


 我等、魔法絶対主義者マギアイストの旗頭たるボス…。

 本当の名前は知らないが、俺達はナイルと呼んでいる。


 「申し訳ありません…。ですが、急ぎではないから、身体が治ってからで良いと言われましたので…。」

 「そ、そうか。怒鳴ったりして悪かったな…。早速だが、ボスの所まで転移してくれるか?」

 「ええ、喜んで。では早く私の手を掴んで下さい……行きますよ?転移跳べ!」


 いつもの様に、突然やって来る浮遊感に耐えた次の瞬間には、俺の目には違う景色が映し出されている。


 其処は何百年も昔に廃棄された古びた古城の一室だった。


 外観こそボロボロなこの城だが、意外にも中の様子は、人が暮らせる程度にはきちんと掃除されている。


 俺達が転移した執務室らしきこの部屋には、ヤカンでお茶を淹れている白髪のメイドと、黒髪の美丈夫な男が存在していた。


 「ナイル様…遅くなりました。このジョン・ドゥ、只今まかり越しました。」


 「やあ、久しぶりだねアダム。怪我はもういいのかい?」

 

 「ご心配をおかけして申し訳ありません。ですがこの通りもう何ともありません。…今回の作戦失敗の原因は全て私にあります…なんなりと処罰を…。」

 

 「…君は相変わらずお堅いね。そんなんじゃダメダメ。デスピナもそう思わないかい?」


 突然話を振られた白髪のメイドが毅然とした態度で答える。


 「いいえ…ナイル、貴方が軽すぎるのです。もう少し真面目にやりなさい。それにアダムは堅くなんてありませんよ?いつも変な作戦名をつけて部下を困らせているそうです。エヴァが言ってましたよ?」


 エヴァ貴様!変とは何だ!カッコいいだろが!

 

 「へー!それは初耳だね!今回はどんな作戦名だったんだい?僕、気になるなぁ!」


 「ナイル様…ご勘弁を…。私は失敗した作戦名は二度と言わない主義なのです。縁起が悪くなりますので」


 「…分かったよ…。君が其処まで言うなら、もう君には聞かないよ…。エヴァ!」

 「はい…「必殺!スタンピードで帝都は壊滅!?夏の夜の魔物スペシャル!!」…で御座います」


 それを聞いたボスは、顔を両手で隠してプルプルと震えだした。


 きっと感動しているに違いないな…デスピナも目から涙がでてるじゃないか…。


 「ナイル様…感動してるとこ申し訳ありませんが、そろそろ私が呼ばれた理由をお聞きしたいのですが…。」


 「ぷくく…い、いやすまないねアダム。君にお堅いなどと言った僕を許しておくれ。あ、そうそう君を呼んだ理由だったね?それはこの娘が話してくれるよ。頼んだよフラッピー」


 フラッピー?聞いた事の無い名前だ…。

 しかしこの部屋には俺とエヴァ、そしてデスピナとナイル様の四人しかいない。


 まさか透明になって隠れているのか!


 そんな俺の考えとは裏腹に、先程デスピナがお茶を淹れていたヤカンが宙に浮かび始めた。


 『えー!なんでわっちが説明するのでありんすかー!面倒くさいでありんすー!』


 ななななな、何ゆえヤカンが喋っているのだ!

  

 「まぁまぁ、そう言わずにフラッピーちゃん。後で綺麗に磨いてあげるから…デスピナが…」


 『んー、仕方ないでありんすねー。其処のおじ様!よく聞くでありんす!今回の作戦で多数の負傷者が出たでありんすね?その中には手足を失った者も多くいるでありんす』


 お、おじ様だと!これでもまだ30前だぞ!


 「そうそう、これには僕も心を痛めてね…。フラッピーちゃんに相談したら何とかなるかもしれないと言うじゃないか!ねぇ、フラッピーちゃん!」


 だからフラッピーちゃんは一体何なんですか!


 『ええ、わっちが若い頃はね…よく臓物や肩甲骨が弾け飛ぶ時代だったでありんす…。そこで、とある錬金術師によって開発されたポーションが、良く怪我に効いたでありんすよ…。』

 

 なんて恐ろしい時代なんだ…。

 しかしポーションか…あんな物が効くとは到底思えないが。


 「しかしナイル様…私にはポーションが手足の欠損に効くなど、とても思えないのですが…。」


 「うん、常識で考えたらそうなるよね。でもこのポーションはね、まだ魔王や勇者がいた時代に作られた古代の遺物だと言う話だよ?ねぇ、フラッピーちゃん」


 『ナイルの言う通りでありんす…。この神話の時代のポーションは勇者やその仲間を大いに助けたでありんす。しかし平和になった今の時代には、正しく製法が伝わらなかった様でありんすね』


 なる程…神話の時代のポーションか…それなら効いてもおかしくはないな。


 「今の話しの流れからすると、私にそのポーションの材料を取って来いと言う事ですか?」


 「話しが早くて助かるね!アダム、君にはユニコーンの角を取って来て貰いたい…場所はオプタム高原だ!」


 ユニコーンの角か…万病に効くと言われる希少な代物じゃないか…。


 「はっ!畏まりました!…ですが他にも素材が必要な筈では?其方は如何なされるおつもりですか」


 「大丈夫だよ、もう既に向かわせているからね。君と同じ覚醒者の二人だよ」


 覚醒者の二人…[王水]と[炎妃]か…。


 「ならば安心ですな。早速行ってまいりますナイル様」


 「ああ、ユニコーンは男を嫌うみたいだからね、エヴァを連れて行くといいよ。まぁ、伝承に伝わる話しだから嘘かもしれないけどね。いい報告を待ってるよ、アダム」


 「はっ!命に変えてもやり遂げてみせます!…ですが最後に一つだけ…フラッピーちゃんは何物なんですか?」


 

 

 「う〜ん、まだ内緒♩」

 

 

 

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