第41話 ヒナツ和解ルート

 疲れていたのか、目が覚めたのは眠りに就いてから9時間後だった。

「うぉ、あっぶない!」

 いつの間にかアラームを止めてしまっていたようだ。

(大丈夫、まだいける。間に合う!)

 私は顔を洗って目を覚ますと、パン類を側に置きゲームを起動させる。

 主人公の名前欄に「メグリ」と入れようとして手を止めた。

 なんとなくヒナツルートはデフォルト名のチヨミのまま進めたいと感じた。

「さぁ、ヒナツルート、来い!」


■□■


【ヒナツ】

無事か、チヨミお嬢様!


【チヨミ】

ヒナツ……!


【野盗】

このガキ!!


【ヒナツ】

来いよ! お嬢様は渡さねぇ!


■□■


 このシーンは何度見てもいい。

 野盗に襲われたアルボル一家を、まだ12歳のヒナツがナイフ一本で救う場面だ。

 一度見たシーンはスキップして時間短縮する派の私だけど、このシーンだけはいつも音声も飛ばさずきちんと見てしまう。

(ショタナツ良き♪ この頃のままならよかったのに)


■□■


【ヒナツ】

ソウビが言うのだ。

今のままでは臣下も俺を侮ると。

女の尻に敷かれている王であってはならないと、な。


【ヒナツ】

まぁ、そういうわけだ。

荷がまとまり次第、離宮へ移れ。

従者も好きに連れて行っていいぞ。


【チヨミ】

……っ

ヒナツのばかっ!!


■□■


「このわからずや俺様野郎!!」

 物語は、第五章の主人公追放イベントまで進んでいた。

 このシーンを見るたび、はらわたが煮えくり返る。

(選択肢に『殴る』を実装して!! 殴るボタンをよこせ!)

 ヒナツと袂を分かつのは一向にかまわない。ただ、一発殴らなきゃ気が済まない。

(それにしても、ここからどうやって、ヒナツと和解するんだろ……)


■□■


【チヨミ】

ヒナツと、戦いたくないなぁ……。


【チヨミ】

あんな戦の神の化身のようなヒナツと

刃を交わすなんて……


【チヨミ】

ううん、そうじゃない。

私、今もヒナツが好きなんだ。


■□■


 第八章、いよいよ物語は佳境に入っていた。

 このチヨミのセリフは初めて見る。ヒナツ和解ルートに、無事入った証拠だ。

(自分でプレイしといてなんだけど……)

 私はずっともやもやした気持ちを抱えたまま、このルートをプレイしている。

(チヨミ、悪いこと言わないから他のにしときな! タイサイとかさぁ)

「単推しならテンセイだけど、カプ推しだとタイサイ×チヨミだな」

 呟いて、ふと奇妙な心持になる。

 同じことをいつかどこかで、思った気がする。それがどのタイミングだったか、全く思い出せないけど。デジャヴ?

「まぁ、ヒナツはないかな」


■□■


【チヨミ】

ヒナツ、一番伝えたい言葉を私はまだ言ってない!


【ヒナツ】

うるさい!

お前の口から出てくるのは、いつも俺を否定する言葉ばかりだ!


【チヨミ】

聞いてヒナツ、私は……!


【ヒナツ】

黙れぇえ!!


■□■


 最終戦は、まさかの主人公VSヒナツの一騎打ち。

「ぎゃー、ヒナツ強すぎて全然HP削れない!! なんだよ、ダメージ一桁って! 勝てないってこれ!! えー、何? レベルが足りないとか、そんなことないよね!?」

 泣き言を言いながら、私はボタンを叩き続ける。

 攻略Wikiにはまだ、この戦闘に関する情報が上がっていなかった。


■□■


【民】

今すぐそこをどいてくれ!

あんたを憎みたくないんだ!


【チヨミ】

……。


【チヨミ】

ヒナツ、伝えたかった言葉、言うね。


【チヨミ】

昔、野盗から私を助けてくれたよね。

あの日から、ずっと好きだよ。


【チヨミ】

この命は、この魂は、あなたがいたから今ここにあるの。

だからね。


【チヨミ】

今度は私が、ヒナツの命を救う番。


■□■


(チヨミ……)

 いつの間にか私の頬に涙が伝っていた。

(そうか、チヨミにとってヒナツは恋愛の相手という以上に「恩人」なんだね)

 あれほどヒナツだけはやめとけー、と思ったのに、今は納得することしかできない。

(でも、もっと自分を大切にしようよチヨミ……)


 ふぅ、とため息をつき、何気なく時計を見る。

 既に時刻は夜中を回っていた。

「うわ、もうこんな時間!」

 三連休は、がっつりゲームでつぶれてしまった。

 数時間後には会社で仕事を始めているかと思うと気が重い。

 仕事のためにはもう就寝した方がいいとは分かっているのだが。

「とりあえずはラストまで見ちゃおう」

 この「ちょっとラストまで」が数時間かかることも、ゲームではあるあるだ。

 けれど、最後まで見届けたいと言う気持ちがまさった。


■□■


【ソウビ】

はぁ、はぁ、はぁ……。


【ソウビ】

どうして……、

どうして私がこんな目に……!


【テンセイ】

……。


【ソウビ】

テンセイ……、

お願い、見逃して。


【テンセイ】

……。


【テンセイ】

ソウビ殿、どうぞこちらへ。


【テンセイ】

チヨミ殿のご意志です。貴女の身柄をお預かりします。


■□■


「えっ?」

 思わず声が出る。

 これまでの展開だと、ソウビはここでテンセイに殺されていた。

(展開が変わった……!)


■□■


【チヨミ】

ヒナツ、あなたを北の塔に拘束します。

そこで静かに余生を過ごしてください。


【チヨミ】

私も、付き合うから……。


【ヒナツ】

……。


【ラニ】

チヨミ、本当に私が王に?

こんな未熟な私が国を背負うなんて荷が重すぎですわ。


【チヨミ】

多くの民が、ラニ様を女王にと望んだのです。


【ラニ】

チヨミ、側にいてくれませんの?


【チヨミ】

大丈夫です、ラニ様。

ラニ様のことはテンセイ、ユーヅツ、タイサイがしっかりと支えますから。


【ラニ】

……お姉さまは、どうなってしまわれるの?


【テンセイ】

ご心配なく、ラニ様。

ソウビ殿は、自分の家で身柄をお預かりします。


【ソウビ】

……!


【テンセイ】

かつては婚約者であった間柄にございます。

ユリスディの家で責任持って面倒を見ましょう。

幽閉にちょうど良い部屋もございますゆえ。


■□■


「はぁ!? ソウビ、テンセイの家に幽閉されるの!?」

 夜中に思わず叫んでしまい、慌てて口を抑える。

 けれど抑えきれない憤りは、口からついつい漏れてしまった。

「えー、やだやだ。もしかしてこの悪役、ずっとテンセイと一緒ってこと? 嫌すぎる。テンセイは私のだから、別の女を家に連れ込まれるのやだなぁ。やだやだ、やだぁ~」

 他のルートでは、ソウビは逃亡中に殺害されてしまう。テンセイの元に預けられるという展開は予想してなかった。

「こんなことなら、ソウビ助けるんじゃなかった~。ヒナツルート見るんじゃなかった~。え~、やだ~。テンセイの側にソウビ置いておくのやだぁああ~!」

 社会人にはあるまじき駄々っ子状態となり、私は床に寝転がり不貞腐れる。だが、そんな私の目に涙が勝手に膨れ上がった。

「あ、あれ……? どうして涙が……」

 私は起き上がり、指先で涙をぬぐう。

「いや、確かにソウビを家に連れ込まれるの嫌だけど。めちゃくちゃ嫌だけど、泣くほどじゃ……」


――どんな形でもいい。貴女と同じ世界で寄り添えるなら……――


「っ!?」

 テンセイの声が、耳の奥で聞こえた気がした。

「なんだろう、今の言葉……。ゲームにあんなセリフはなかったと思うけど、どこかで聞いた気がする……」

 同じ声優さんの別のゲームのキャラだろうか。思い出せない。

(なんだろう、さっきの。わからない、でも……)

 テンセイとソウビが一緒にいるのを見てると胸が苦しい。

(涙が止まらない……。それになぜだろう。「よかった」って、私思ってる……)

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