第40話 呼び声に応えて

 いつものように出社すると、フロアにはすでに朋美の姿があった。

「おはよう、めぐり」

 そう言って、朋美は椅子ごとぐるりとこちらを向く。

「今日も浮かない顔してんね、めぐり。またゲームで徹夜?」

「だから、徹夜はしてないって」

「んじゃ、夜更かし?」

「それもしてない。ガネダンは推しをクリアした余韻をしばらく味わいたいから、二周目はまだプレイしてな……」

 その瞬間、何かが意識の中を駆け抜けた。

 ノイズのかかった光景が、フラッシュバックのように一瞬だけ。

「どうしたの、めぐり? 急に黙って」

「ん……、なんでもない」

 私は朋美に笑って返す。けれどひどく落ち着かない気持ちだった。

(なんだろう、すごく心がざわざわずる。何かに急き立てられるような、大切なことを取り落としているような……)

「今日が終わったら三連休だね。めぐり、どっか行ったりする?」

 朋美が仕事に取り掛かる準備を始めながら、もう退社後の予定を私に聞いてくる。

 三連休……、一日は疲れを取るためゆっくり休んで、二日目は街に出て遊んで、三日目は体力に合わせて出かけるか休むか……。

(違う)

 何かが私を執拗にせっつく。

(そんなことしてる場合じゃない)

 ごく当たり前のように、私の口からは一つの単語が飛び出していた。

「……ガネダン」

「ん?」

「私、『GarnetDance』で、ヒナツルート見なきゃ!」

「……」

 朋美は呆れた目を私に向け、そして諦めたように苦笑いをしてため息をついた。

「……三連休にそれかぁ。新しくできたカフェに、一緒に行けたらなぁって思ったのに」

「ご、ごめん。でも……」

「いいよ。せっかくの連休だもん、楽しいと思うことをしなきゃね」

「朋美……」

「ほんっと、めぐりはオタクだねー」

 そう言って朋美は屈託なく笑った。


■□■


 会社の昼休みに『ガネダン ヒナツルート 行き方』で検索をかけた私は、ついにその条件を見つけ出すことができた。

(ヒナツルートに行くには、それ以外のキャラ全てのエンディングを見なきゃならない。しかも全員トゥルーエンドかぁ)

 更に彼らのルートでもヒナツに関わる選択肢には、気をつけなくてはならないようだ。

 退社後スーパーに立ち寄り、大量の買い物を抱えて帰宅する。

「三日分の食料よし! おやつよし! 飲み物よし! ゲームに没頭する準備は完璧!」

 私はゲーム機の電源を入れる。

 スタートボタンを押し、『続きから』を選択し、クリアデータをロードした。

 ヒナツルートを攻略しなくてはならない。その想いは強迫観念に近いほどで、私を急き立てた。

「っし、まずはタイサイから!」


■□■


 金曜の夜にプレイを開始。一度見たシナリオはスキップモードで飛ばせるし、キャラの戦闘レベルは次の周にそのまま引き継げる。レベル稼ぎなしでさくさく進めるシステムはありがたい。

 タイサイルートをクリアしたのは土曜の正午近くなってからだった。


「くぅ、ツンデレ義弟かわいい! 子どもの頃から温めてきた初恋が実ってよかったねぇえ!」

 私はすっかりぬるくなった炭酸飲料を、ペットボトルからグッとあおる。

「はー、ピュアピュアだった♪ 義弟可愛い。つい徹夜で攻略しちゃったよ。これが人気投票一位の実力、タイサイ恐ろしい子!」

 徹夜明けのテンションで、少しはしゃぎすぎている気がもするが、それだけ満足度の高いストーリーだった。

 気持ちの高揚とは裏腹に、体はぐったりと重い。窓の外の光が黄色く目に映った。

 私はカーテンを閉めると、ベッドへと転がり込む。

(ひと眠りしたら、次はおっとりマイペースのユーヅツルートだ)


■□■


 目を覚ましたのは、空が茜色に染まる頃だった。

 私はシャワーを浴びると、買っておいたレンジ食で手早く腹ごしらえをし、再びゲーム機に向かい合う。

 タイサイルートの時と同じように、一度見たシナリオはスキップで飛ばす。戦闘モードはパターンや展開に慣れた上レベルも高いままなので、クリアまでの時間は短縮された。そうこうしているうちに時が経ち、ユーヅツルートをクリアしたのは日曜の明け方だった。


(くぁああ~っ! ユーヅツ!! おとなしそうに見えて、これまでで一番えっちだったかも! シナリオもそうだけど、声優さんの熱演でエロさ10倍増し!!)

 私は思い出しつつ、床をゴロゴロ転げ回る。

(いいんですか、これCERO Bで! ギリギリを狙って来たのかな? ダークホースだよ、ユーヅツ!)

 床を転げ回っているうちに、頭がぼんやりとしてくる。このまま目を閉じると、眠りに引きずり込まれそうだった。

 私はゲーム機を充電器と繋ぎ、スマホに誰からも連絡が入っていないのを確認してから、ベッドへもぐりこむ。

(よし、また仮眠をとって、次はメルク王子ルートにGO!)


■□■


 体が興奮状態のためか、4時間ほどで目を覚ます。私はシャワーを浴びて頭をスッキリさせると、菓子パンをかじりながらゲーム機を起動する。

 テンセイ、タイサイ、ユーヅツのメイン攻略キャラ3人をクリアしたため、あちこちに選択肢が増えていた。これを選んでいけば、大体メルクルートをクリアできるようになっている。新たなシナリオ出現のため、スキップできる場面は少なかったが、金太郎飴ではない展開にワクワクした。


(なんかこれまでとは別視点の物語だったな。ま、隣国の王子だからね)

 明るく勢いのあるシナリオで、他のルートに比べてチヨミの言動も元気だった気がする。

(いや、自分とこも十分大変なのに、隣国助けてる場合じゃないよ、メルクニキ! それなのに助けちゃうのが、メルク兄貴なんだなぁ)


 時計を見ると夜中の1時すぎ。すでに三連休の最終日に入っていた。

「ふぁ、ねむ……」

 ちょっと気を抜けば、秒で深い眠りに落ちてしまいそうだ。途中で仮眠を挟んでいるとはいえ、ぶっ続けのゲームプレイはさすがにちょっと頭がくらくらした。

 私はゲーム機を充電器に繋ぎ、ベッドへごろりと横になる。

 アラームをセットしたのを確認し、明かりを消した。

(さて、いよいよ俺様簒奪王ヒナツルート……)


 正直あまり好きなタイプじゃない。

 他のキャラと仲良くなりすぎてはならないので、選択肢によってはテンセイにも塩対応が必要となる。

 そこまでして、無理に攻略する意味が分からないのだけど。

(なぜか急き立てられる。心がざわざわする……)

 ヒナツのエンディングは絶対に見なきゃいけない。

 その先に、私を待つ誰かがいるような気がしてならなかった。

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