第34話 キ・ソコ将軍

 私たちは、カタム砦の本来の主によって、内部へと招き入れられた。


「実に面目ない。あ奴らの姦計にうっかりはめられてしまいましてなぁ!」

 キ・ソコ将軍は頭を搔きながらも豪快に笑う。

 私たちは食事をいただきつつ、ここで何が起きていたかを彼に問うた。

「恥ずかしながら、慰労と言う名目でここへ訪れた奴らに一服盛られましてな。気を失い、目覚めた時は牢の中でした」

 隆々と筋肉の盛り上がる腕を胸の前で組み、将軍は眉を下げてうなだれる。

「その時には部下ともども手足を厳重に鎖で繋がれ、ほぼ身動きのとれぬ状態。砦は奴らの手中に収められてた次第で」

(また他人のエリア乗っ取ってたのかよ、あいつら)

 ウツラフ村の時のことを思い出した。

「ではどうやって牢から出て来られたのだ? ここの牢の鎖は、そう簡単には切れぬはずだが」

 長年共に忠臣として名を馳せてきた仲間に、アルボル卿が問う。キ・ソコ将軍は顎に手をやり、ふむ、と一つ頷いた。

「それが、先ほどの騒ぎの中、突如牢の壁が破壊されましてな」

(ん? 壁が破壊?)

「鎖の端はその壁に埋め込まれておったため、壁が崩れると同時に手足が自由になったのだ。解放された直後は、少々手足に痺れを感じておったがな、がははは!!」

(それって、私がうっかり当てちゃった雷撃のせいじゃ!?)

 あの時、「うお」という声が聞こえた気がしたが、この人だったのか。

(雷撃の直撃した牢に、鎖で繋がれていて、手足に痺れ程度で済んだんだ。すみませんでした、よくぞご無事で)

「なんにせよ、無事でよかった。将軍が突然姿を消したので、心配しておったのだ」

「ははは、そちらも。国外追放になったと聞いた時は、驚きましたぞ、アルボルの」

 忠臣二人は楽しげに笑いながら酒を酌み交わす。

 ぐいと盃を空けたキ・ソコ将軍が、ふとチヨミに目を向けた。

「それでチヨミ嬢、いや、正妃チヨミ。あなたはどうするおつもりかな?」

 酒のため赤ら顔ではあるが、将軍の眼差しは鋭かった。

「大勢の民を引き連れ、まるで反乱軍の様相で城へと向かっているようだが」

「ヒナツには王座から下りてもらいます」

 チヨミはキ・ソコ将軍をまっすぐに見返し、言葉を続ける。

「ヒナツは王の器じゃありません。視野が狭く、国を治めるだけの知識がなく采配も拙劣」

(はっきり言った……)


 恋する相手に対しても、冷静な評価を下すチヨミ。彼女の恋は盲目じゃない。

「この国の民を不幸にしないためには、ヒナツを王座から下ろし、統治できる人間が王にならなくてはなりません」

「そして、その人間は正妃チヨミ、あなただと?」

「とは限りません」

(え?)

 戦慣れした将軍の眼光に怯むことなく、チヨミは落ち着いた声で返す。

「多くの民は私を王にと望んでくれています。それはとても嬉しいことです。ですが一方で、長く続いたアーヌルスの血筋が王位に就くことを望む貴族も多い」

(そっか、アーヌルス……って。えっ、こっち来た!?)

「私は、ソウビが王位に就くのが良いと考えています」

「ちょちょちょ、ちょっと待ってチヨミ!?」

 完全に、主役のチヨミを見る傍観者になっていた私は、いきなり前面に押し出されて慌てる。

「女王とか、心の準備、全っ然出来てないんだけど!?」

「……」

「あと、国を治めるとか正直よく分からないし。ヒナツほど無茶苦茶じゃなくても、穴だらけの治世になっちゃいそうで怖いよ!」

「大丈夫よ、ソウビ。その辺は私たちがしっかり支える。そのための家臣じゃない」

「で、でも……」

(それに、家臣って……)

「正妃チヨミ」

 将軍の重々しい声が、その場の空気を震わせた。

「この私は王に使える将軍ですぞ? 王妃と言えど、反乱の意思ある人間を、おとなしく見逃すとお思いか?」

 厳めしい表情のキ・ソコ将軍が、チヨミを睨み据えている。先ほどと同じ姿で椅子に座ったままだが、既に刃をチヨミの首筋に当てているかのような気迫だった。私たちの間に緊張が走る。タイサイは剣の柄に手をかけていた。

 けれどチヨミは落ち着いた表情で言葉を続ける。

「キ・ソコ将軍。あなたが仕えているのは、現王でなく、国そのものですよね?」

 そこにいたのは、人々の信頼を集め前進する、しなやかで凛としたリーダー。

「キ・ソコ将軍、あなたはこのイクティオを愛している。そして国を傾けんとする人間を、王と認める方とは思えない。きっと私たちの味方になってくれます」

 冷静で、それでいながら柔和な表情のチヨミが、キ・ソコ将軍と真正面から視線を合わせる。二人はそのまま、微動だにせず見合った。私たちも、呼吸音すら許されない緊張感に、身を固くする。


 どれほどの時が経っただろう。実際は数秒のことだったかもしれないが。

「ふふ、はーっはははは!」

 キ・ソコ将軍が豪快に笑いだした。チヨミがそれに合わせるように、目を細め口端を上げる。

 将軍は自分とアルボル卿の盃に酒を注ぐと、アルボル卿の肩にグイッと腕をかけた。

「相変わらず、勘が鋭いだけでなく肝の据わったお嬢さんですな、アルボル卿。わっははは!」

「ははは、これでも昔は、野盗に怯えて泣く娘だったのですが」

(いや、そこ笑うところ!?)

 キ・ソコ将軍はチヨミの盃にも酒を注ぐ。その勢いのまま、皆に盃を向けるように促す。皆の盃が満たされたのを確認すると、彼は「乾杯」と言った。

「あなたのお気持ちはよく伝わりました、正妃チヨミ。このキ・ソコ、あなたの力となりましょう」

 将軍は、恭しい仕草でチヨミにそう告げる。そしてすぐさまその鬼瓦のような顔に、力強い笑みを浮かべた。

「王座には誰がふさわしいか。それはもう少し時間をかけて考えるとして。今日は大変な一日だったでしょう。まずはゆっくりと疲れを癒してください」


■□■


 キ・ソコ将軍とアルボル卿が部屋に引き上げてからも、私たちはその場にとどまった。


「少し予測とは違ったようだが、おおむね君が知ってた流れかな、姫さん?」

「へ?」

 メルクが私の顔を覗き込むようにして笑っている、

「知っていたよな、姫さん? ここの人間がチヨミちゃんの味方になってくれるって」

「えぇ、まぁ……」

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