第35話 ソウビの正体

 キ・ソコ将軍を味方として得られ、ほっとした空気になったのもつかの間。

 メルクは、私の先読みの力についての説明を求めた。

(なんでここで波風立てるようなこと言い出すのよ! 今日はもう、ゆっくりとした夜を迎えたかったのに)

 だが、これがメルクなのだろう。人当たりのいい笑顔を見せながら誰に対しても油断をしない、冷静沈着な人。

 メルクの言葉に、その場にいたメンバーが表情を引き締め、私を見る。

 やはり気にはなっていたのだろう。追及をしなかっただけで。

 メルクは朗らかに笑いながらも、油断なく私を見据えている。

「敵の本拠地は目の前だ。そろそろ話してもらってもいいかな、姫さん。君が何者なのか。そして、なぜ未来を予知するような真似ができるのか」

 その瞳に、逆らうことを許さぬ鋭い光が宿る。

「最後の戦いを共にする仲間に、出来れば種明かしをしてもらいたいんだが」

(最後の戦いを共にする仲間……)

 私はテーブルを見回す。仲間たちは神妙な面持ちでこちらを見ていた。

「そう、だね……」

 命がけの戦いに、得体のしれない人間を同行するのはやはり不安だろう。疑念は何かのはずみで、良くない影響を及ぼすかもしれない。

「信じられないかもしれないけど……」

 私は正直に全てを話すことにした。


 私は元の世界で上水流めぐりという名であること。

 この世界は、私がプレイしていたゲームの内容と酷似した、私の見ている夢であること。

 私はそのゲームを一周したことで、大体の流れや個人の情報を掴んでいることを。


「カミヅル、メグリ……。この世界の全てはあなたの夢の中だと言うの?」

 チヨミは信じられないと言った顔つきで、首を横に振る。他の皆も似たような反応だった。

 その中で、メルクだけが表情を変えない。

「ゲーム、か。カードとはずいぶん趣の違う遊戯のようで、よく分からんが。つまり、俺たちのことを描いた物語が幾通りか存在している。そのうちの一篇を君は読破済で、今我々は君の読んだものとは別の物語の中を進んでいる、そんな解釈でいいか?」

「うん、大体あってる」

「じゃあ、これからどうなるんだ?」

 タイサイが音を立てて椅子から立ち上がった。

「俺たちは勝てるのか? あの腕っぷしだけは妙に立つ、獣のような男にどうやって!?」

 タイサイの問いに、私は言葉を詰まらせる。

(う~ん、この先のことは正確には知らないし、タイサイには特に答えづらいな)

 ここはヒナツ和解ルートの可能性が高い。ヒナツを倒せたとしても、結局チヨミはタイサイでなくヒナツを選ぶわけだ。

 ここへ来てタイサイ×チヨミのカプにハマった身としては、少々胸が痛い。

「ごめん、タイサイ。プレイしてないルートだから知らない」

「チッ、肝心なところで役に立たねぇな」

 相変わらずの物言いに少々腹は立ったが、この先、タイサイが報われないと思うと、あまり強い態度に出られなかった。

 私は彼の憎まれ口をスルーし、説明を続ける。

「先がわからない理由はそれだけじゃないんだ。本来ならソウビ・アーヌルスは皆と一緒に反乱軍なんてやってない。ヒナツの寵姫のまま民衆に憎まれて最期を迎えるんよ。……テンセイに剣で貫かれて」

 私がそう言うと、テンセイは小さく息を飲む。

「そう言えば、以前もそのようなことをおっしゃっていましたね」

「うん」

「……信じがたいことだ」

「でも、私は今ここにいる。ヒナツの側じゃなく、みんなと一緒にこのカタム砦に。この時点で、私の知っている展開とは異なってる。それにキ・ソコ将軍の件だって」

「キ・ソコ将軍の件?」

私はチヨミに頷いて見せる。

「彼が捕らえられる展開なんて、私は知らなかった。別ルートのせいかもしれないけど、ひょっとすると私がここにいるせいで起こった、イレギュラーな事象かもしれない」

「なるほど」

 メルクはテーブルに肘をつき、指を組むとその上に右頬を乗せた。

「で、姫さん。我々があの暴君に勝てるかどうかは? こちらとしてはそこが一番知りたいんだけど」

 彼の問いに私は即答できない。

 チヨミはゲームの主人公だから、勝利でエンディングを迎えるのはまず間違いない。

 けれど、戦闘に負けてゲームオーバーと言うパターンもこの世界には存在する。

「タイサイにも言ったけど、わからない」

「また『わからない』かよ。大勢の命がかかってんだぞ!?」

 気色ばむタイサイを、チヨミがそっと制する。

「ううん、十分よ。ありがとうソウビ」

「チヨミ……」

「きっと運命に勝利して、この物語をハッピーエンドに繋いで見せる。それがあなたの知る物語の中の、私の役割なんでしょ?」

「うん」

 チヨミはやはり主人公だ。誰よりも先頭に立ち、前に進もうとする。力強く、そしてしなやかに。

「けど、信じがたいぜ」

 タイサイが面白くなさそうに呟く。

「俺らが物語、つまり作り物の中の存在なんてよ」

 だが、タイサイの言葉に思わぬ反応を見せたのはユーヅツだった。

「ボクはそう思わないな」

「は?」

「ボクらが、メグリの世界における作り物の中の存在だとして。メグリ自身が誰かの創作物の中の登場人物じゃないって、言い切れないでしょ?」

(はい!?)

「ど、どういう?」

 困惑する私に、ユーヅツは魔法を教えてくれた時のように、淡々と語る。

「メグリ、君の世界も誰かによって作られたってこと。つまり君自身、己の意思で動いているつもりでも、創作者の意思の伝達役に過ぎないかもしれないってことさ」

 はぃい!?

「面倒くさいから話まとめるけど。ボクらも君も大して違いはないんじゃないかな、多分」

 いや、まとめ方、雑!

「ボクとしては、ソウビはこちらに有利な情報をくれる便利な存在だし。君が別世界の人間の意識を持ってても、問題視する必要全くないな、って思ってる」


 その場にいる全員、呆気にとられた表情でユーヅツと私を見比べる。やがて、小さく吹き出す音が聞こえた。

「はは、確かにな!」

 メルクが王子らしからぬ大口を開けて笑っていた。

「ソウビが意図的に、僕らに不利益な行動を取ったことはないし。問題ないと言えば問題ないよな」

 ないの!?

「じゃ、この話はこれでお開きにすっか!

「ええ!? 軽っ!」

 呆気なく終わった審問。私は流れについて行けず、うろたえる。

 メルクは頭の後ろで手を組むと、意地の悪い笑みを浮かべる。

「なに、姫さん? もっといろいろ追及してほしい? ねちねちと問題提起して責め立ててほしかった?」

「いや、そうじゃないけど!」

 本当にいいのだろうか? この世界の人からすればかなりあり得ない内容を語ったはずだが。むしろ更に疑いが深まってもおかしくない、異常な内容だったわけだが。

「そうね。私もこの話はここまででいいと思う」

「いいの!?」

 思わず出た声に、チヨミがうなずいて返す。

「この先の展開を知らないとはいえ、これまでにソウビの情報に助けられたこともあったから。ソウビは私たちの味方だと信じていいと思うの」

「チヨミ……」

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