第33話 特訓の成果

「キ・ソコ将軍はどこ!? この砦の主はあなたたちでなく、キ・ソコ将軍のはずだけど!?」

 引きずるように私を奥へ連れて行こうとする二人に、私は叫ぶ。

 だが、カニス卿とフェデリスは機嫌よく笑いながらただ足を進める。砦の入り口で起きている戦闘など、全く知らぬげに。

「ソウビ様が戻ってきてくださって実に良かった。尊き血筋のお方に王座についていただこうにも、ラニ様はすっかり民に嫌われてしまいましてなぁ」

「カニス卿、質問に答えて! キ・ソコ将軍はどうしたの!?」

「その点ソウビ様は、あの簒奪王をいとい逃げ出したお方。あの男を憎む民から共感を得られます。我々はソウビ様を女王にいただき、新しき国を立て直す所存にございます」

(質問スルーするな、フェデリス!!)

「ねぇ!」

 無駄だとは思いつつ、私は二人へ説得を試みる。

「ここに集まっているのはどういう派閥!? 現王を廃したい人たちだよね?」

 腕と肩と腰、全てを男の手でがっちり固められ、身をよじろうとも逃げられない。

「チヨミやあそこにいる人たちは、私の仲間なの! みんな、ヒナツを王位から下ろすために来たんだよ! 攻撃する必要ないでしょ!? 今すぐ攻撃をやめて! 目的は一致してるはずだから!」

 けれど私の言葉に対し、カニス卿は笑顔のまま首を横に振る。

「我々はただ、アーヌルスの血を次代に繋ぐを望むのみ! 民に王と望まれているあの女は、簒奪王と同じく敵にございます!」

(アーヌルス家支持過激派!!)

 私は引きずられつつも首をねじり、砦の入り口に目を向ける。

 チヨミ率いる軍勢は、人数こそ多いものの村人が中心で、武具や武器などがいきわたっていない。それに対し砦の軍勢は完全装備の上、戦闘訓練を受けた兵士だ。

拮抗きっこう? いや、押されてる……!)


 テンセイと目が合う。

 重く鋭い剣さばきはいつものままだが、こちらが気になり集中力がやや欠けているように見える。他のメンバーも同様だった。

 その光景を目にした瞬間、ひどく悔しい気持ちになった。

(これってアレかぁ。今の私、キャアキャア言うだけで役に立たず、人質にされて足手まといになるタイプのヒロインかぁ。乙女ゲーでもユーザーから、か~なり嫌われるんだよねぇ……)

 頭の奥がスッと冷える。

(やってやる……)

「い、いたっ! 痛い!」

 私が苦痛に顔を歪めると、カニス卿たちは足を止めた。

「ソウビ様、いかがなさいました?」

「目、目に砂ぼこりが! 痛い! ちょっと手を離して!」

 二人が慌てて手を離すと、私は目を押さえその場にうずくまった。

「ソウビ様、井戸のところまで参りましょう。そこまで行けば、きれいな水で目を洗えます」

「うん、そうする。ちょっとだけ待って。うぅ、いたた……」

 身を縮めたまま、私は意識を自分の中に集中させ、エネルギーの光弾が体の中で回転しているイメージを練る。

(あの魔法は、確か……)

 突貫で頭に叩き込んだ異国の言葉を小さく詠唱する。一字一句間違えないように。

 そして詠唱を終えるタイミングで立ち上がると、二人に向かって光弾を手から射出させた。


 バリバリバリッ!


「おわああっ!?」

「うぉお!?」


 電撃を浴びた二人が、後方へと吹っ飛び倒れる。

(よし!)

 私はすかさず裾を翻し、砦の外にいるみんなの元へ向かって駆け出した。

「そ、ソウビ様が逃げられた! 皆の者、お止めしろ!!」

 カニス卿の命令に、兵士たちが戸惑いながらもこちらへと向かってくる。

(上の命令に逆らえない皆さんには悪いけど……!)

 私は短い詠唱で済む初期魔法の雷撃をこまめに打ち、兵士たちをけん制した。


「ソウビ様は魔法を使われる!」

 まだ痺れる体を地面から起こし、フェデリスが叫ぶ。

「少々手荒いが詠唱を阻止するため口を塞ぐことを許す!!」

(おい! 本当に手荒いな!!)

 四方八方から伸びる手を、躱し、雷撃を打ちこみ、避ける。

 だが、そう長くは続かなかった。

「ソウビ様、失礼いたす!」

「あっ!?」

 詠唱を終えたタイミングで、兵士の1人が私の腕を掴む。

 急に捩じりあげられたせいで目標がはずれ、雷撃は城の壁へ向かって飛んでいく。咄嗟で魔力を制御できなかったため、雷撃の直撃した壁は土ぼこりを上げ派手に崩れた。

 中から「うお」という低い声が聞こえた気がした。

「ソウビ様! 申し訳ございません!」

(むぐっ!)

 背後から伸びてきた手に口を塞がれる。

 次々と駆けつけてくる兵士によって、あっという間に私の動きは封じられてしまった。

(これが女王に祭り上げようとする相手にすることかぁ~っ!!)

 逃れようと必死にもがくが、兵士たちは困惑したように目配せをしつつ、それでも手は緩めない。

「んんんっ、んんぅ~っ!!」

 その時だった。


 ――ソウビ様!――


「!?」

 私を呼ぶ声が聞こえた気がした。

 時を置かず、私を取り巻く兵士たちがどよめき始める。

 やがて兵士たちをはね飛ばし、私の元へと駆け付けたのはこの砦の本来の主だった。


「キ・ソコ将軍!!」


 背はそれほど高くないが、小山のような体つき。日に焼けた禿頭。鬼瓦のような顔つきの男が、両手に鎖をぶら下げたまま兵士たちを掴んではぶん投げている。その身に鎧はなく、擦り切れた布の服を纏っているきりだった。

「ソウビ様!! うぉおおおお!! 貴様ら、姫様に無礼は許さんぞ!!」

「ひ、ひぃ!?」

 将軍の獅子奮迅の暴れっぷりに、カニス卿はまだ痺れの残る足を引きずり、その場から逃げようとする。

「なぜだ!? キ・ソコの奴は牢に厳重に繋いであったはず!?」

「カニス!! フィデリス!!」

 青ざめじりじりと後退する二人へ、キ・ソコ将軍は指の関節を鳴らしながら迫る。

「貴様ら、よくも汚い手を使ってくれたな!!」

「ひっ、兵士ども! 逃げるな!! こいつを止めろ!!」

 だが、キ・ソコ将軍の鬼のような姿に圧倒され、フェデリスの言葉に従う兵士はいない。

「おらぁあああ!!」

「うわぁああああ!!」


(強い……!)

 私はキ・ソコ将軍の圧倒的パワーに息を飲む。

(原作ゲームでも強キャラだったけど、実際に目の前で見るとすっごい迫力!)

「ソウビ殿!!」

 キ・ソコ将軍の戦いぶりに目を奪われていた私の耳に、愛しい人の呼び声が届いた。

「テンセイ!」

 振り返ると、入り口を埋め尽くしていた兵士たちの壁を突破し、テンセイたちが駆け付けてくる。テンセイは真っ先に私の元へ到着すると、無言で私を抱きしめた。

「ソウビ、大丈夫?」

「チヨミ! うん、そっちに怪我はない?」

「てめぇが他人の心配できる立場かよ、アホ。あっさり連れ去られやがって!」

(ぐぬぅ)

 悔しいが、今回はタイサイに反論できない。

「でも、雷撃をかなり上手に扱っていたよね。練習した甲斐あったじゃない」

「ユーヅツ! へへっ、そうかな?」

「ソウビ殿」

 テンセイの大きな手が私の頬に触れる。

「ご無事でよかった、……本当に」

「うん」

 はちみつ色に輝くテンセイの瞳に微笑を返し、私はその胸に身を預けた。


 カニス卿やその一派は、小一時間も経たぬうちキ・ソコ将軍率いる部隊に制圧されてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る