第32話 カタム砦
東の離宮での十分な準備期間を経た後に、私たちは王都へ向かって進軍した。
森を抜け
川を越え
迂回し敵の目をかいくぐり。
チヨミの指揮に従い、被害を最小限に抑えつつ私たちは進む。
途中でチヨミを慕う民、ヒナツに反感を抱く民を、新たな仲間に加えながら。
そうして私たちは、王都の門番とも言われているカタム砦へと到着した。
「この砦を抜ければ、王都は目の前ね」
チヨミがそびえ立つ堅牢な砦を見上げる。
「う回路はなし。ここだけは正面から行くしかありませんな」
テンセイの言葉にチヨミが頷いた。
「えぇ。だけど戦わずに済むかもしれない。ここを守っているのが、あの人ならば……」
(うん、大丈夫なはず)
チヨミの台詞に私は心の中で頷く。
このカタム砦はキ・ソコ将軍が守っている。彼はとても国想いの人で、アルボル卿とも親交が深い。
(少なくともテンセイルートでは、ここで戦闘は起こらなかった)
「ふぅん。問題なしって感じだな、姫さん」
「え?」
不意に投げかけられた声に、振り返る。メルク王子が笑みを浮かべこちらを見ていた。
「姫さんのその顔、緊張感がほとんど感じられない。むしろ余裕さえうかがえる」
口元は笑っているが、わずかな違和感も見逃すまいと瞳には鋭い光が宿っている。
「ねぇ、姫さん。ここはチヨミちゃんを、好意的に受け入れてくれる場所と思っていいのかな?」
「た、多分……」
私がそう答えると、メルク王子はにんまりと目を細めた。
(ねぇ、私が先の展開を知ってる前提にされてない? メルク王子、テンセイルートではあまり関わってないけど、大雑把なのか懐が広いのか)
だが私がクリアしたのはテンセイルートのみだ。そしてここが隠しシナリオのヒナツ和解ルートであるならば、それに関する情報をほとんど持ってないに等しい。どのルートも、主軸となる展開にほとんど差はないという噂だが……。
「そこの者ら、止まれ!」
鋭い声に呼び止められ、私たちは足を止める。砦を守る兵士が、こちらを睨み据えていた。
(ん? なんか見たことある顔)
そう思ったのは、気のせいではなかったようだ。兵士は私を見つけると、パッと目を輝かせる。
「ソウビ様! 良かった、おられた!」
「へ? え~っと……」
(誰だっけ? どこかで見た顔のはずなんだけど……)
記憶を辿り首をひねる私に近づき、兵士は私の手を無遠慮に掴む。
「ソウビ様! ささ、こちらへ! そこはあなた様がおられる場所ではございません」
「ぇあ!? ちょ、ちょっと……!」
その時、横合いから大きな手が伸びて来たかと思うと、兵士の肩を掴んだ。
「その人から手を離せ」
(テンセイ!)
テンセイは険しい眼差しを兵士へ向けている。
「げっ! 近衛騎士団長のテンセイ・ユリスディ……!」
若い兵士の顔がサッと青ざめた。
「い、いや、すでにその地位は失ったはず……」
「ソウビ殿から手を離せと言っているのが、聞こえんか」
口の中でぶつくさ言っている兵士に、テンセイは更に威圧する。
「あっ!」
私はようやく彼が何者であったかを思い出した。
「あなた、ウツラフ村にいた反乱軍の兵士!!」
「くっ!」
兵士が砦を振り返る。そしてすかさず大声を上げた。
「敵襲ー――っっ!!」
(ぇえっ!?)
チヨミが細身の剣を鞘から抜き、構える。
「しかたない! みんな、戦闘態勢!」
(うそ!? どうしてここで戦闘が!? これがヒナツルート!?)
兵士の掛け声と同時に、砦の中から大勢の人間が雪崩のように飛び出してきた。
「おおおおお!!」
テンセイが雄々しく吠えながら、敵を撫で斬る。しかし。
「ソウビ殿!?」
「テンセイ!」
怯まず突進してきた兵士たちにより、私たちはあっという間に分断されてしまった。
(ぎゃああ!? 戦うときは後ろで控えるはずだったのに、まさかの最前線!)
焦る私の手を、兵士がグイと引っ張る。
「ひっ!?」
「ソウビ様、あなた様はこちらでございます!」
先程の兵士は笑顔でそう言うと、半ば無理やりに私を砦の中へと引きずって行こうとした。
(え!? ちょっとなんでなんで! ここの主はキ・ソコ将軍のはず! ウツラフ村にいた反乱軍の兵たちが、なぜここに!?)
人垣の向こうから、剣戟の音に混じりチヨミの声が飛んできた。
「くっ! 私たちはヒナツ王の退位を望む者! あなたたちとは志を同じくするはず! なぜ私たちを攻撃するの!?」
「我々はヒナツの排除を望むが、貴様が王になることも認めていない!」
チヨミの問いに何者かが答える。
「王座に就くはラニ様もしくはソウビ様のみ! 王位を望む以上、貴様もまた国に仇なす者とみなす!!」
(強火のアーヌルス家血筋オタク!?)
「やめてよ!」
私は引きずられながら、人波に向かって叫ぶ。
「チヨミは民に請われてその役目を負おうとしてるだけ! チヨミ自身に野心があるわけじゃないよ!! 攻撃しないで!!」
「おぉ、お久しぶりでございます、ソウビ様」
「っ!」
聞き覚えのあるねっとりとした声が近づいてきた。兵士が私から手を離し、一歩下がる。振り返った先には、愛想笑いを顔に貼り付けた小柄な老人が立っていた。
「カニス卿!? 投獄されたはずじゃ……!」
「現王に不満を持つ者は城内にも大勢おりましてな。その者の手引きでとっくに出ております」
カニス卿はわざとらしく哀し気に、目頭を押さえる。
「あぁ、ソウビ様、少々痩せられましたか? あのようなならず者らといてはご苦労も多かったことでしょう。何とおいたわしい……」
「……っ」
「フィデリス! フィデリスはおるか!」
(フィデリス?)
声に応じるように、一人の男が姿を現す。ウツラフ村で見た貴族の男だった。彼もまた、私を目にした途端にニッタリと笑う。
「おお、何やら騒がしいと思えば。ソウビ様にこのような場所はふさわしくございません。ささ、こちらへ」
「えっ、ちょ……!」
手と腰をがっちりとホールドされ、彼らは更に私を砦の奥へと浚おうとする。
(無理やり引きずり込まれる!)
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