第16話 綻び

 一刻の後、反乱は完全に鎮圧されていた。

「抵抗する者はもうおらんな」

 シュラと音を立て、ヒナツが鞘に剣を収める。そんな彼にテンセイがすかさず駆け寄り、報告をした。

「はっ。首謀者のカニス卿、そして共謀者のフィデリスは捕らえておきました」

「よし」

 ヒナツは王らしく重々しく頷く。

 しかしすぐに村人たちを振り返ると、彼は歯を見せて人懐こく笑った。

「ははっ、やはり自ら剣を振るうのは気持ちが良い! 俺にはこういうのが性に合う!」

「ヒナツ……!」

 血まみれのヒナツにチヨミが駆け寄る。頬に残った返り血を、白い指がぬぐった。

「ヒナツ王、ばんざーい!!」

「我らが軍神! ヒナツ様!!」

 村人たちが満面の笑みでヒナツを讃えている。それぞれの瞳にあふれんばかりの敬意を宿して。

(ちょっとだけ、見直したかな)


 ほっと息をつく。そして大切なことに気づいた。

(あれ? 村人が喜んでるよね?)

 本来の流れであれば、ここで村人の心はヒナツから離れるはずだった。

 だけど今日ヒナツは戦場へ駆けつけ、彼らの尊敬をしっかりと集めた。

(てことは! もしかして国が亡ぶルート回避した!? 傾国ルートから逸れたんじゃない!?)

 希望が見えてきた。

 ひょっとすると、他にも軌道修正が可能になるのではないだろうか。

 期待に胸を躍らせる私は、視線に気づき顔を上げる。

「……」

(え? ヒナツがこっちを見てる)

 ヒナツは不敵に口端を上げる。

「どうだ、ちゃんと見ておったか? 俺の雄々しい姿を!」

 ずかずかと大股でこちらへ歩み寄ってくる。

「惚れ直したか! ははははは!」

(うわぁ、調子乗ってる)

 そう思ったものの、いつものような嫌悪感は私の中にない。

(チヨミのこともちゃんと助けてたし、今回ばかりはほめてあげてもいいかな)

 そう思い口を開きかけた時だった。

 私の後ろから、幼い声が聞こえてきた。

「えぇ、大変素晴らしゅうございましたわ、ヒナツ様」

(えっ?)

 振り返る。

 ラベンダー色の髪を両サイドで高く結い上げた少女が、そこに立っていた。

「ラニ!? どうしてここへ……!」


 ラニは私を無視して、ヒナツへと駆け寄る。

 そして彼の手をそっと両手で包むと、愛しそうにそこへ口づけをした。

「ヒナツ様は、まるでサーガに出てくる英雄のよう。私、胸の高まりが抑えられませんでした」

「はははは、愛いやつよ! 」

 ヒナツは笑うと、ラニを高く抱き上げる。

「さて、城へ戻るぞラニ。お前の目に俺がどう映ったか、たっぷりと聞かせてくれ」

「えぇ、わが敬愛なる君」

 ヒナツはこちらを一瞥だにせず、ラニを抱いて帰路に就く。雄々しくマントをひらめかせながら。

「ソウビ、あれはいったい?」

 困惑した面持ちで、チヨミが駆け寄ってきた。

「わからない……」


■□■


 その夜、王の私室からは諍いの声が聞こえてきた。

「ラニを側室にする!?」

 非難めいた正妃の言葉を、ベッドに横たわるヒナツは薄笑いを浮かべて聞き流す。

「何を考えているの、ヒナツ! あの子はまだ幼い子どもだわ!! そんなことが民に知れれば、きっとあなたは信頼を失う! お願いだから、絶対にやめて!」

「確かに今のラニはまだ幼い。だが5年もすればソウビと同じ年齢になる」

「ヒナツ!」

 ヒナツは面倒くさそうに欠伸を返す。

「別に今すぐ愛妾にするわけじゃない。俺にそんな趣味はないからな。大人になるまでゆっくり待つさ」

 少女の一途な眼差しを思い出し、王はクスクスと笑う。

「ラニは俺を深く慕っているようでな。潤んだ瞳で想いを打ち明けてきた。クク、可愛いではないか」

「ヒナツ、お願いだから……」

「俺は、前王の血を引く女であればソウビでなくとも構わない」

「!」

 ふいにヒナツの声から温度が失われた。

「ソウビが俺を嫌っているのに気づいていないと思ったか? あやつは俺を成り上がり者と 見下しているのだ」

 ヒナツの瞳に、白々とした炎が宿る。

「あの気位の高さは刺激的であったが、いささか鼻についてきた」

 破顔一笑、ヒナツは目を細める。

「それに比べ素直に愛情を示すラニの愛しいこと」

「ヒナツ!」

 妻として、共に奸臣を討った時の仲間として、チヨミは飾らぬ気持ちをヒナツに伝える。

「いい加減にしないと怒るよ!!」

 だがその瞬間、ヒナツの顔から笑みが消えた。

「怒る?」

 のっそりとベッドから身を起こし、ヒナツは鋭い視線をチヨミに送る。

「何様のつもりだ、王に向かって!!」

「ヒナツ……?」

 それはいつものヒナツではなかった。

 チヨミに向ける眼差しは、敵を見る時のそれに近かった。

 チヨミの背筋に冷たいものが走る。

「ソウビだけでなく、お前もそうか。俺を卑しい男と侮っているのだな」

「ヒナツ!? 私はただ……!」


「あぁ、そうだ。俺はお前の家の使用人だった男だ」

 憎悪の色を濃く瞳に宿しながら、ヒナツは自虐的に笑う。

「盗賊に襲われたお前を守った手柄でお前の父親に気に入られ、お前と身分を手に入れただけのただの野良犬。……お前の目には、今もそう映っているのだろうな」

「違う! どうして私がそんなことを……!」

「黙れ!!」

 ヒナツの怒鳴り声に、チヨミは身をすくめる。

 ヒナツはベッドから滑り降りると、室内をぐるぐると歩き始めた。

「俺はもう見下されるのはごめんだ。俺を王位につけてやったのは自分だと、お前に恩を着せられるのもまっぴらだ!」

「ヒナツ!? 私、そんなことちっとも……!」

「お前の策が俺に勝利をもたらせたとソウビが知っていた」

「えっ……」

「それを知る者は、きっと他にもいるのだろう」

 ヒナツの声が震えた。

「お前がそばにいる限り、俺は女の力で地位を得たというそしりから逃れられない」

「ヒナツ……」

 ヒナツがチヨミを振り返る。その目は冷たく凍てついていた。

「俺を解放しろ、チヨミ。俺の前から消えてくれ」


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