第15話 緋色の軍神
一瞬にして辺りは剣呑な雰囲気に包まれる。
すかさず私の前に、三つの影が躍り出た。
「ソウビ殿、どうぞお下がりください! ここは自分たちにお任せを!」
「どけ、邪魔だ、足手まとい! その辺に隠れてろ!」
「ソウビ、怪我人が出たら手当をお願いするよ。無理に戦おうとしないで。攻撃するのは身を守る時だけでいい」
「わかった!」
当たり前のように守ってくれる攻略キャラ3人に、少し胸が躍る。
(あ、でも、正規ヒロインのチヨミを守らなくていいのかな?)
当のチヨミはと言えば堂々としたもので、細身の剣を手にし、襲い来る反乱軍の正面にすっくと立っている。
「私たちも大切な民を斬り捨てたくはありません! 降伏を望む者は前に出てこないで!」
反乱軍の中にざわめきが広がる。
「この村での狼藉については、相応の罰を受けてもらいます。が、反乱への参加自体については、家同士の繫がりで断り切れなかったなど、やむを得ない事情があったとみなしましょう!」
(うおお、チヨミ凛々しい!!)
カニス率いる軍と、チヨミをリーダーとした私兵がついにぶつかり合った。
私は怪我人の治療をしながら、その様子に目を凝らす。
「せあっ! ハァッ!」
テンセイが大剣をひと振りするごとに、敵はあっさりと吹っ飛んでいく。重い一撃であるにもかかわらず、次の一撃へと移るスピードはとても速い。
(さすが近衛騎士団長のテンセイ、強い! かっこよすぎる!)
その姿は、まさに戦場を駆ける鬼。普段の穏やかな彼からは想像しがたい、荒ぶる獣の姿。布越しに伝わる筋肉のうねりなどまさに芸術品だ。
重量級のテンセイと対照的なのが、俊敏な動きで敵を翻弄するタイサイだった。
「はぁっ!」
スピード感のあるシャープな動き。
(さすが、人気投票一位は伊達じゃない!)
身軽な動きで敵の間をすり抜け、確実に仕留めていく。まだ少年らしい細身の体が、忍者のように軽やかに動く。
少し下がった位置から遠距離攻撃を放つのは、魔導士のユーヅツだ。
「ふっ!」
彼の魔法はなにげにエグい。国内随一の魔力を誇る彼の攻撃は、火力が他の者とは段違いだ。その技でもって、大勢を一瞬にして吹き飛ばしてしまう。彼一人で、魔導士部隊一つ分だと言われるのも大袈裟ではないようだ。
(しかし、ゲームでは見慣れた光景だけど、王妃自ら家臣数人と反乱軍に立ち向かうなんてかなり危ういなぁ)
物陰に身を潜め、仲間の戦う様子を眺めながら、そんなことを思っていた時だった。
「ソウビ様」
背後から投げかけられたしわがれ声に飛びあがる。
「カニス卿、いつの間に!!」
枯れ枝のような老人の手は思いの外力強く、私は背後からガッチリと捕らえられてしまう。魔法を発動させることも出来なかった。
「は、放して!」
「いいえ、それはなりません。ソウビ様には我らの元へ来ていただきます。我らが前王の遺志を継ぐ忠臣であることの証として!」
(は!?)
その言葉にカチンときた。
ヒナツは私を、王家につながるものの証として欲しがっている。
そしてこの人は、前王の遺志を継ぐ者の証として、私を欲しているのだ。
「結局あんたたちも、ヒナツと同じってことね」
老人が眉をつり上げた。
「我々をあの盗人と同列とおっしゃるか!? それは侮辱にございますぞ、ソウビ様! さぁ、駄々をこねずこちらへ!」
「くっ、離して……!」
その時だった。
ガッという鈍い音の後、私を縛めていた枯れ枝のような指から力が抜ける。
「カハッ……」
(え……?)
どさりという音を立て、老人がその場に倒れ伏す。そこに立っていたのは、剣を携えたヒナツだった。
「……ふん」
「ヒナツ!?」
私の声に、村人や鎮圧軍の兵士たちが歓喜の声を上げる。
「おおおー! ヒナツ王だ!!」
「我らと共に剣を振るう者、ヒナツ王が来られたぞー!!」
生ける軍神の登場で、人々の顔は希望に輝いた。
「ヒナツ、来てくれたんだ……」
「……」
ヒナツは私を一瞥すると、一言も発せず横をすり抜ける。
(ヒナツ?)
彼の視線の先では、チヨミが壁際に追いつめられ、敵兵士からの攻撃を細身の剣で必死に凌いでいた。
「くっ、う……!」
「あっ、チヨミ!!」
ヒナツの立てる靴音が、歩みから早足へ、そして駆けるものへと変わる。
「どけ!!」
雄々しい怒号と共に、ヒナツは夜走獣のごとき身軽さで人々の間をすり抜ける。あっという間にチヨミの元へ駆けつけると、彼女を襲う敵兵を真っ二つにした。
「怪我はないか、チヨミ」
「え、えぇ。ありがとう、ヒナツ」
ヒナツはチヨミの手を引き助け起こす。そして立ち並ぶ敵兵をジロリとねめつけた。
「あ、あぁ……」
返り血に身を染めたヒナツのひと睨み。それは敵対してはならない相手であることを、知らしめるに十分だった。
反乱軍の兵士たちはすっかり戦意を失い、及び腰となる。
「なにをしている!」
カニス卿に賛同した貴族の1人が、叱咤の声を上げた。
「奴さえ倒せば、王座を本来の持ち主に返すことが出来るのだぞ! むしろ、好都合ではないか! こちらは数の上では圧倒的なのだぞ!!」
貴族はサディスティックな笑みを浮かべる。目障りな成り上がり者が、血反吐を吐いてぼろ雑巾のようにされる未来を夢想したのだろう。
「行け! 兵士ども! 囲んで切り刻んでやれ!!」
「お……おぉおおおおお!!」
一度失いかけた戦意を奮い起こし、兵士たちが一斉にヒナツに躍りかかる。
けれど。
「らぁああああっ!!」
ヒナツの動きは人間業とは思えないものだった。舞のように地を蹴りつけ剣を振るい、確実に敵の数を減らしてゆく。その身を濡らす血は全て、敵のものだ。
(強い……!)
私には武術に関する知識などまるでない。それでも彼が、途方もなく強いことだけは理解できた。
「俺が王であることに不満のあるやつ……」
燃えるような赤毛に赤い戦装束、そして全身を濡らす返り血。
その中で、にやりと笑った口元だけが眩しいほどに白い。
「出てこい! 俺はここだ! 俺の首はここだ!! 来てやったぞ!!」
轟く声は獣の咆哮。その圧倒的な存在感を前に、抵抗しようなどと考える者は、もはや誰もいなかった。
「ひ、ひいいぃいい!!」
貴族たちが泡を食って逃げ出す。自分たちを率いていたはずの人間の情けない背中。それを見た瞬間、兵士たちは敗北を悟った。
「逃げろ! 殺される!!」
「バケモノだ! あいつは人間じゃない!!」
「どけ! うわぁあああ!!」
一斉に村から脱出しようとする兵士たちに、農具を持った村人たちが襲い掛かる。
「逃がすか!! こんちくしょうが!」
「我らもヒナツ王と共に!!」
追いすがる村人たちを振り払おうと、兵士たちも逃げながら武器を振り回す。
「民を守るぞ! 投降した人間もだ!」
テンセイの声に、鎮圧軍は頷く。
「姉さん、視界に入ると気が散るから隠れてて」
「心配してくれてるんだ。タイサイ、ありがとう」
「みんな、攻撃力を上げるよ、はぁあっ!」
ユーヅツのスペック上昇の魔法を浴びた者たちが、気勢を上げて敵を追う。
もみくちゃの乱戦の中、緋色の軍神がまっすぐに駆けていく。反乱軍の扇動者たちに向かって。
「おらぁあああっ!!」
不謹慎にも、彼を美しいと思ってしまった。
ヒナツの姿は、敵を焼き尽くす炎そのものだった。
(やっぱり、民衆に望まれて王の座に就いただけのことはあるんだ)
少しだけ、胸が高鳴っている。これは初めて目の当たりにした戦のせいだろうか。
(嵐のような圧倒的な強さ……)
ヒナツの剣を振るう姿が、いまだ目に焼き付いている。
(ただの色ボケじゃないんだ)
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