未来はこの目に

三鹿ショート

未来はこの目に

 交通事故に遭い、私は右目に傷を負った。

 しばらくは包帯を巻いていたために視界が狭くなったものの、治療が終わると視力は無事に元に戻った。

 だが、時折、妙なものを目にするようになってしまった。

 例えば、会議で司会を務めている人間を見ていたにも関わらず、傷を負った右目は、その司会者が道端で倒れている姿を捉えていたのである。

 左目は司会を務めている姿を捉えていたため、試しに目を片方ずつ閉じてみると、それぞれの目は異なる景色を映しだした。

 異常が生じていた右目を擦っているうちに、司会者の姿は元通りと化したため、疲労によって幻でも見ていたのだろうと、深くは考えないようにした。

 数日後、その司会者は、この世を去った。

 発見された状況を聞いたとき、私は目を見開いた。

 その司会者は、道端に倒れていたのだ。

 聞くところによると、突然の発作が原因らしいが、私は己の右目が恐ろしくなった。

 まさか、目にした人間がこの世を去ったときの状況を見ることができるというのだろうか。

 恐怖を覚えつつも、私は近くに立っていた同僚に目を向ける。

 しかし、右目は眼前の同僚の姿を捉えるのみで、特に変化は無かった。

 だからといって、あれが単なる気のせいや幻であったなどと簡単に片付けることはなかった。

 私は大きな病院へと向かい、患者たちの姿を次々と見ていった。

 全ての患者の姿が変化したわけではないが、病院の寝台と思しき場所で看取られているような姿を映し出した人間が何人も存在していた。

 その人間の名前を覚え、数日後に様子を見に行くと、既に生命活動に終わりを迎えていた。

 そのことから、私は一つの結論を出した。

 この右目は、死期が近い人間を見た場合に、特別な反応をするのだ。

 交通事故に遭った結果、このような能力を手にすることになるとは、まさに怪我の功名というものだろう。

 この特別な能力を、有効に使うことは出来ないものだろうか。

 そんなことを考えながら日々を過ごしたが、私には商才が無いらしく、良い考えが思い浮かばなかった。


***


 彼女との再会は、偶然だった。

 何気なく立ち寄った飲食店で、彼女は一人で食事をしていた。

 初恋の相手を見間違えるわけもなく、私が声をかけると、彼女は再会を喜んだ。

 そのまま二人で食事をすることになり、それからも時折、彼女と会っては近況報告をするようになった。

 特別な関係に発展するにはどうすれば良いのかと考えていると、突然、私の右目が反応した。

 映し出されたのは、何者かによって陵辱され、生命までも奪われた彼女の姿だった。

 思わず、呼吸をすることを忘れてしまった。

 だが、即座に私は理解した。

 彼女を救うために、私はこの能力を手に入れたに違いないのだ。

 それから私は、彼女に気付かれないように、尾行を続けた。

 経験上、数日以内に彼女はその生命を奪われるはずなのだ。

 果たして、夜の道を歩いていた彼女は、突然物陰に引きずり込まれてしまった。

 口を塞がれたため、彼女は助けを呼ぶことができなかったが、私は全てを理解している。

 彼女を襲った人間を引き剥がし、相手が気を失うまで、殴り続ける。

 彼女が私の行動を止めたときには、相手の顔面は赤く染まっていた。


***


 私の勇敢なる姿に心を動かされたのか、彼女は私に愛の告白をしてきた。

 断る理由も無く、むしろ望んでいた関係だったため、私はそれを受け入れた。

 しかし、油断することはできない。

 私の右目が再び彼女に反応してしまった場合に備えなければならないからだ。

 だが、彼女が恋人と化して以降、災難に遭うことはなかった。

 何年もそれが続いたため、彼女は大丈夫だろうと思い始めた矢先、事件が起きた。

 ある日、彼女は変わり果てた姿で帰宅してきたのである。

 何事かと問うと、彼女はかつて自分を襲った人間に、再び襲われたと語った。

 隙を見てなんとか逃げてきた彼女は、何故か私を責め始めた。

 相手が異なるのではないかと告げると、彼女は泣きながら、

「あのとき、相手はあなたに邪魔をされたために、今日までに溜まりに溜まった鬱憤を晴らそうとしたのです。これほどの目に遭うと分かっていたのならば、あなたに助けてもらおうとは思いませんでした」

 怒りのあまりに、彼女は台所から持ってきた包丁の切っ先を、私に向けてきた。

 私は冷静になるように説得しようとしたが、それは無駄な行為だった。

 吸い込まれるように、包丁は私の体内へと侵入してきた。

 激痛に耐えることができず、私は床に倒れた。

 その様子を、彼女は荒い呼吸を繰り返しながら見続けていた。

 薄れていく意識の中、私は鏡に映った自分の姿を見た。

 私の右目には、変化が見られない。

 私の生命が無事であることの証明か、それとも、ここで生命活動が終わりを迎える未来を映しだしているのか、不明である。

 私は後悔した。

 己の死を見ることを恐れるあまりに、私はこれまで、自分の姿を右目で見ようとしていなかったのである。

 このようなことになるのならば、頻繁に見ておくべきだったに違いない。

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