第56話 ミルキス〖こっちに付かない?〗

【洗脳魔法とかあるのかよ】


〖勇者……何も知らないんだね〗


【生後十ヶ月だし……自我が出来たのもここ数日のことだから】


 ミルキスは俺に溜息をついた後、教皇軍を睨んだ。


〖こんな常識が身についてない内に、赤ちゃん勇者を戦場に送るなんて間違ってる……〗


 ミルキスの視線に教皇軍の兵士達がたじろぐ。

 教皇さえ、ミルキスの言葉で少し俯いている。


【ミルキス。彼等にも洗脳魔法はかけられているのか?】


〖教皇軍はかけられてないと思う。そういう加護があるからね。勿論、国王の洗脳魔法じゃなくて教皇の洗脳魔法があるだろうけど……あの教皇はやってないはず〗


【なぜ断言できる?】


〖あたしとほぼ互角に戦えたから。魔力の殆どを戦争に使ってるはずよ。国王は洗脳魔法を使ってたから沢山の人間を使役してたけど……弱かったわ。洗脳をかけられた人間は弱体化しがちだし、強い人を洗脳するなら強さ分の魔力を消費することになる〗


 万能の魔法ってわけじゃないのか。

 大量の人間を洗脳できるってのは脅威だ。

 よくもそんな奴がトップに立てたものだ。

 クーデターとか起こらなかったのか?


【そんな奴が王になれるなんて怖いな】


〖な、何言ってるのよ? 発想が逆よ〗


【え……】


〖洗脳魔法が得意だから王になれるのよ。当たり前じゃない〗


 ……言われてみれば納得出来る。

 だが、それ聞くと……この世界って残酷なんだな。


〖……勇者様の世界は、洗脳魔法がないのね。良い社会だったのね〗


【宣伝を使った世論操作とかはあったけど、直接的な洗脳ってのは……そこまで普及してないのかな。ましてや、王族がするなんて】


〖魔法がないからこそ、脅威が少ない世界、か……それはそれでいいのかもね。ねぇ、勇者様〗


 ミルキスは小悪魔のようにくすりと笑う。

 思わず俺は魅了されてしまう。

 エルフ魔王は本物の美少女だ。

 笑顔を不意打ちでくらうとやばい。


【な、何だよ】


〖こっちに付かない?〗


【……】


 ミルキスの言葉に、魔王軍も教皇軍もざわざわと驚く。

 俺とミルキスだけが、冷静なまま見つめ合っている。


〖貴方なら、副魔王にしてあげるわ。ドラゴンロード達やスライムキング達を倒されたのは凄く残念だし、許しがたいけどこっちに来るなら許してあげる。だって事情を知らなかったのでしょう?〗


【ミルキス】


〖ふふふ〗


【ごめんな。俺は人間なんだ】


 ミルキスの顔から明るさが失われる。


〖……そう〗


【俺、お前に凄く同情するよ】


 俺の言葉にはミルキスも魔王軍も教皇軍も絶句した。

 戦場が一瞬で静寂に包まれる。

 だが俺は構わず続けた。


【家族が奴隷扱いされるって辛いよな】


 エルフ魔王の目に涙が浮かび、ほろいrほろりと頬を伝って大地に落ちていく。

 その様は綺麗だった。

 きっとミルキスも根っこはただの少女だったのだろう。

 苛烈な過去が、彼女を魔王へと変えたのだ。

 そういう意味では彼女は被害者だな。


【俺にも家族がいる。俺はその家族を守りたい。だからそっちにはつけない。和解案なら受け入れる】


〖そう。勇者様、残念だわ〗


 交渉は決裂のようだ……。

 ミルキスは空高く飛翔し、俺を睨み付けた。


〖あたしの最強スキルを見せてあげる……「魔王城召喚」!〗

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