第45話 魔王の過去

【ど、どういうことだ?】


〘エルフは綺麗ですからね。奴隷狩りの対象にあうことが多いんです〙


【母、本当か!?】


 母は深刻な眼差しで、黒龍から目を逸らした。


「そうね。でも……魔王軍の悪行はやり過ぎよ」


〘やり過ぎ、ですか。今の国王はエルフの奴隷貿易を奨励して男は労働の奴隷に、女は性奴隷にしたクズ王ですよね。なのに、貴方達は王様という時点で脳死して礼拝する〙


 母はぎりっと歯軋りした。


〘貴方方人間が先に始めた戦いだ。魔物からすればそう思ってますよ〙


 まじかよ。

 それを聞くと戦争の見え方が変わるわ。

 俺が倒してきた魔物の人間に対する差別的な見方って……人間側が起こしてきた行動にも原因がありそうだな。


 黒龍は含みのある感じの態度をとった。


〘……敗者は勝者に都合を押し付けられて仕方が無い。これがこの国の王の発言ですよね? そして魔王が魔物を率いて魔王軍を組織したら倫理や道徳に話をすり替えてきた。貴方達人間は恥を知るべきだ〙


「勝ってる時は勝ってる時の、負けてる時は負けてる時の都合を言うのは当然でしょ?」


 えぇ……。

 何この母、怖。


 黒龍は少し涙目になって俺に問いかける。


〘勇者様〙


【お、おぅ】


〘勇者様は……人間と魔物は平等だと思いますか? それとも……どちらかが殺し合うのは仕方ないと思いますか?〙


 母がギラリと黒龍を睨み付け、舌打ちする。


「黒龍、黙りなさい! 世の中はね、勝者が自分の都合を押し付けるものなのよ。勝った奴がルールを作るの。人間に勇者が生まれた以上、人間のルールに基づいて貴方達が滅ぶのは自然の摂理なのよ!」


 なんという差別的な見方なのだろう。

 母はいい人と思っていたが……いや、母の親戚が魔王軍に殺されたとは聞いたが……あまりにも一方的過ぎる。


【黒龍】


〘はい〙


【話してくれてありがとう。色々と参考になった】


〘!〙


 黒龍の瞳に少し光が灯ったような気がした。


〘ゆ、勇者様〙


【俺なりに考えてみる。魔物を滅ぼすか、否か】


 黒龍の頬に大粒の涙が落ちる。

 こいつは俺を殺そうとした。

 なのに、だというのに。

 俺は少し同情してしまう。


 母は俺に驚愕の眼差しを向けてきた。


「ゆ、ユシアちゃん。何言ってるの? 相手は魔物よ? 下等生物なのよ? 皆殺しにしないとダメでしょ。今はあたし達が有利だけど……やったらやり返されるかもしれないじゃない」


【母よ。俺は生後十ヶ月だが……自分の意思で生きていきたい】


「親離れするのはまだ早いんじゃないかしら? 乳離れさえ出来てないっていうのに」


【精神的には成熟しているつもりだ】


 母は苦笑する。


「精神的には成熟? 笑わせないでよ。はいはいがやっとの癖に……まだ二足歩行もぎこちない癖に一人前って空気出さないでよ! 赤ん坊の癖に!」


 黒龍が母に向かってキリッとした顔を向ける。


〘勇者の母よ。我が主人は既に立派な意思を持った一人前の男です。どうか、彼の自由意志をここは尊重する形で〙


「うるさいドラゴンね。貴方はユシアを何だと思ってるの? どうせ魔物は裏切る時は裏切って、ユシアを殺せる時は殺すわよ」


 黒龍は母に言われ、黒翼をシュンと畳んだ。とても悲しそうな顔だった。


「ユシア、絶対に魔物を皆殺しにして頂戴。でないと母さん、許しませんからね!」


 母の顔は鬼のように怖かった。

 しかし俺は決意した。

 ぐぐろう。

 ネット検索するぜ。

 スマホがあるんだから歴史や情勢を検索してもいいだろ。

 ……魔王に会って問いただそう。


 和平の道は、ないのか、と。

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