第7話 スライム達は強かった
母は五体いるスライムのうち、四体は倒した。
残り一匹だけだ。
だが、それが問題だった。
母の魔力は尽きている。そして母はぐったりして、その場で気を失ってしまう。
恐怖に震えた中性的な顔立ちの店員はその場を去ろうとキョロキョロした。俺は店員に呼びかける。
「ばぶ」
おい、店員。俺の母を捨てるって言うのかよ。
「ごめんね。君」
店員は俺を軽く抱きしめた。
店員の顔は中性的で男か女か分からなかったが、声をよく聞いて分かった。この人は女だ。
胸があった。
ぎゅーっと抱かれ、俺は幸せな感触に包まれる。
だが今はそれどころじゃない。
「ばぶ、ばぶぶ、ばぶ!」
「何言ってるか分からないけど、分かるよ。お母さんを助けたいんだね?」
「ばぶ!」
俺は赤ん坊ながら真剣な表情で頷く。店員女は悲しげな顔をした。止めてくれよ、そんな顔……今は見たくねえ。
「でもね」
店員の女の顔から涙が滴り、俺の頬に落ちる。その意味は解った。この店員に戦闘力はないのだ。
「スライムは強力なモンスターなんだ。君のお母さんはね、凄いんだよ。たった一人でスライムを複数倒すなんて、C級冒険者くらい強くないと出来ないんだから……あたしには、無理。ごめんね」
「うわあああああああああ!」
急に野太い声がした。母がいた方向を見ると、先ほどのおっさんが本屋の本をスライムに投げて対抗している。
おっさんは凡夫だろう。魔力なんて殆どない。だが、おっさんは漢だった。
明らかに非力なのに強力なモンスター相手に立ち向かうハートを持っていたようだ。
「モンスターなんかに、好き勝手されてたまるか! 人間の街から出て行けー!」
おっさん、頑張れ! おっさん、ありがとう!
おっさんが頑張ってくれたら、もしかしたら母は助かるかもしれない!
そう思ったのも一瞬だった。
おっさんはスライムに魔力がほんの少しこもっただけの一撃を受けて吐血した。
「ガハッ……」
おっさんが殴られた衝撃で、何かが俺を抱く店員女の足元まで来た。だが今はそれどころじゃ……。
おっさんはあちこち骨折したようで、ぐったりと倒れ込む。
腕や足が変な方向にねじ曲がっていて、見るも無惨な状態だ。
嘘だろ。スライムと魔力の少ない男がこんな戦闘力の差があるっていうのかよ。
「ぼっばん……」
おっさん……。
気持ちだけは感謝する。でも、今は気持ちだけじゃ駄目なんだ。
俺は、俺は母を助けなければ……。
「うわあああああ!」
店員女が悲鳴を上げる。
気が付けば、俺達がいる本屋はスライム達に包囲されていた。
うねうねと、スライムの軍団が近づいてくる。
まずい。
「に、逃げないと」
キラリ、と光るものが足元にあるのに気付く。さっきおっさんから飛んできたものだ。
それはスマホだった。
……やるしか、ない。
「ばぶ」
俺はか弱い掌を使って店員の女の服をぎゅっと引っ張る。店員の女は意外そうな顔でこちらを向いた。
「え……」
「ブバボ」
俺はスマホを指差す。店員の女は驚愕した顔で俺を見つめる。
「君、こんな状態なのに……スマホに興味あるっていうの」
「ばぶ」
俺は頷く。
すると、店員の女は泣き出した。
「いいよ。もう、終わりだもんね」
店員の女は泣きながらスマホを拾い上げる。
うねうねとスライム達が俺に近づいてくる。
急げ。
発動はしないかもしれない。だけど、試すしか無いんだ!
皆が……生き残る為に!
俺の母。
助けてくれようとしたおっさん。
店員の女や他スタッフや客。
全ての命が今、俺にかかっている。
「はい」
店員の女がスマホを拾って俺に渡す。俺はベイビーボディ故に非力だが、両手でスマホを持って決意に満ちた目を画面に向けた。
俺は藁にも縋る思いで詠唱する。
前世の俺が考えた、世界最強の呪文を。
スライム達が一斉に俺と店員女に飛びかかってきた。
「べぶべーぶ!」
「もう終わりね」
店員女が頭を押さえると同時に、俺の手に持つスマホ画面は起動し――文字が浮かび上がった。
【殺試合(デスゲーム)、発動しました】
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