第2話
流れ星が見えたら願い事をする文化がある。
幸いにして七夕は晴天だった。流れ星がなくても誰も不満を言わないだろう。
早朝、兄が浮かれながら星空のゼリーを作っていたのを思い出す。
(今、空を見上げる余裕はない)
灯理は空を見上げずに地面を睨んだ。
雨は数日降っていない。乾いた地面を灯理の靴が蹴る。目一杯の力で拳をぶつけるが、相手に避けられた。即座に体制を変えて相手の間合いから出ようとしたところで掌底がぶつかった。痛いというよりも骨が鳴っている。
近距離で睨み合っているところで、教師の声がかかった。
「東雲、音積、待て」
「え、どうしてですか?」
「東雲、怪我をしたな」
「どこも痛くありません」灯理は正直に言った。
「音積は付き添いを頼む」
「わかりました。行きましょう東雲さん」
大した怪我でもないのに保健室行きを促され、灯理は不満だ。
「本当になんともないのに。あ、あれ?」
肩口の道着が切れている。血が滲んでいた。
「なにしたの? っていうか何者?」
「忍者です」
「ああやっぱり」
「冗談ですよ」
「手裏剣も持ってるんじゃないの」
「準死神なので、実際は鎌です」
「ああ」
「見ますか?」
「いや、大丈夫。遠慮しておくから」
雑談していると保健室まではあっという間だった。
手当は先生にしてもらい、授業のチャイムが鳴るまでは安静にするように促された。
(暇だなあ)
中学校には武術科がある。灯理も音積も由比も、同じ学科だ。この都市に住む半分の血の多くが在籍する。エスカレーター式なので見知った顔と十二年は一緒になる計算だ。なので音積のような途中からの入学は珍しい。
(人間になれたらいいっていうのと、関係あるのかな)
音積はパイプ椅子に腰かけずに、薬品棚を見ている。おそらく何か珍しいものがあるのだろう。灯理は欠伸をして座り直した。ソファなので横になっても大丈夫そうだ。先ほどまでの闘争心はどこかに消えている。
「ありました」
「何か探してたの?」
「俺の忘れ物です。気温が高くても大丈夫なはずです」
小さな救急箱を片手に音積はソファへ向かう。
出てきたのはまた箱だ。きれいなラッピングがされていてリボンとシールが付いている。
「先ほど死神の力を使いました。死者の気配が近くでして動揺してしまって、東雲さん、本当にすみません」
「いや、謝らなくていいと思うよ。この傷なら次の授業までには治るし」
「よくないです。死神の鎌の発現に近いと思います。俺が未熟だからです。本来、生身の人間には影響がないんですけど」音積は言いにくそうだ。
「私が半妖精だからか」
ひたすら音積に謝られて、こちらが申し訳ない気分になってくる。
(困ったな)
「それで、なんですが。金平糖です」
「え」
「死神の負の力を取り除けるように調合した砂糖でできてます」
「そんなものがあるの?」
「準死神の中では一般的なレシピですね。半分は人間なので、悪い影響を受けないようにこまめに摂取してます」
「毎日?」
「そうですね」
「大変そう」
「味はおいしいですし、甘いものが好きなのでとくに抵抗はないですね。ということで、東雲さんもひとつどうぞ。食べてください」
「……ありがとう」
一粒の金平糖を手にする。星空から拝借したようで気恥ずかしい。
今日の夜はせっかくだから織姫と彦星の幸せでも祈ろう。
願い事をするよりはずっと簡単だ。
これは星を一粒もらった日のこと。
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