18: 愛は沈黙し、シグナルを読み込む
月なかに通っている病院
のついでに爪切りを頼んでいる
そのひとがいつからいるのかわからないが
いつもそのひとに頼んでいる
雑で乱暴な扱いに文句を言ったことはない でも
あなたがくるともう次の月がくるんですね と言った
そのひとは落ち着きのある低い声で話し
ショートヘアをほんのりと赤く染めている
電車で通っていて 父親とふたり暮らし
銀縁の奥に一重らしき瞳が
器用にメイクされてたたずんでいる
足と足とをぴったりくっつけたのはわざと?
わたしは意識する
そのひとに小さなカードを手渡して
ラインが届くのを待つ
お互いもう若くないんだし
そうそう愛を育む余裕もない
そのひとは赤い車で迎えにきて
真夜なかのドライブ ずっと無言
それでも気まずくならないのは
お互いもう若くないと諦めているから
はしゃぐのは空回りしてるとわかっているから
県道沿いのホテルに停めて部屋に入る
胸の昂まりを抑えて耳元で囁く
したいの? されたいの?
触れるかふれないかのような口づけで答える どちらもほしいと
わたしのからだは半分動かない
それはそのひとも充分知っている
愛を語る前にからだをひらいてあずけるのは
お互いそうであると確信したいから
ぎこちなく動いたのは若くて未経験からじゃなく
性愛の興奮で勢いづいたのでもなく
動かないぶんまで助けてくれた
成熟した労りとゆるやかなやさしさ
そのひとはやっと笑顔になり
わたしに別れを告げた
臆病で怠惰なものほど
より多く寂しさをかたる虚しさよ
その愛は独り言なのか飾りものか
どちらにせよ黙ってはいられない者たちよ
Speech is silver, silence is golden(沈黙は金、雄弁は銀)
月なかに病院で会うと
お互いなにもなかったようにふるまう
そのひとはラインで次の約束をして
真っ赤な車でわたしを迎えにくる
あさがた 薄暗がりのシーツのなかを
無言でまさぐって温まりあい
ふたりとも安心してねむりにおちる
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