12: 詩的身体
言葉と身体と心は解離しすぎている
気持ちを言葉で表そうとしても それを的確に表すのは難しい
まして身体は
まして わたしの壊れた身体は
壊れた脳のように現実味を帯びない
麻痺腕はいつもだらんとしていて
なにかの拍子で鋼鉄のように硬くなって操縦不可能になる
麻痺脚は棒のように突っ立っていて
階段を曲がると 麻痺脚の足首が内側にくにゃりと曲がる
麻痺腕の手首の皮膚は夏でも氷のように冷たいし
シャワーを浴びるとき
麻痺脚の腿に ただの湯が鋭い熱い針のように何度も突き刺さる
歩くとき
麻痺側が酔っぱらった人を抱えたようにずっしり重くなる
それが死ぬまで続くと思うと気が遠くなる
ものを食べるときは(今日こそ嚙みませんように)と願いつつも
必ず麻痺の内側と舌を 食べものと一緒に噛んでしまう
わたしはわたしの食べものの一部であると 悔い改めるようになる
丸一日出歩かないようにしても腹は減るので
わたしはしかたなく頬の内側を痛みとともに食べる
骨盤と大腿骨の継ぎ目あたりに強力な発条のスイッチがあり
そのスイッチがなかなか入らないから
杖で歩きながらわたしは転倒して 顔から地面にダイブする
舌足らずのわたしは
人と会うのを避けるようになり
ひとりでいると落ち着くようになり
喋るよりもノートパッドで字を書いたり
キーボードで活字を打つことのほうが頻繁になる
心と身体が一緒だというのは嘘
何かのはずみで それらがばらばらになる
身体も 心も 言葉も コントロールできない
心はいつも泣きたがっていて
いきなり走り出そうとしてつまづく
身体がいつもそれを必死で抑えている
感情のコントロールが効かなくて
怒ったように泣いたり
泣き叫ぶように笑う
そして 長時間モニターの画面を見ながら
突然痙攣して卒倒するのを止められない(これを“てんかん発作”という)
移動するときは麻痺側に傾いているような気がして ふわふわして落ち着かない
眼鏡を新調しても
わたしの目に映る世界はいつも歪んでいるようで
嘘の世界にいるようで心もとない
米国で倒れて以来
わたしはいまだ日本に帰れていないし
一〇年寝起きしてる部屋を
遠い異国のように感じる
健常者の国は時間とともに去っていく
脳が壊れた者は 脳病難民として漂うばかり
ただ
母の遺体横たわる寝床を跨ぐ脚力を夢のなかで感じる
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