13.自由に
*
香が室内に
南方は、薄く溜息を吐いた。
「そうして二人で暮らしていたところに、俺達がのこのこと邪魔をしたってぇ話だったか」
「――いいえ」
「
「まさか、あの時」
「はい。広大も、小屋の中におりました」
ばたばたと、表で何かが離れを叩く音がする。窓へと
「わかっていた、わかっておりました。わたくし達の歩む道に、先はないのだということは。それでも、自らの手では、終わらせることができなかった」
「心があった、ということか」
「あんな瞬く間のことで、と、お思いでしょうね」
「――
南方は頸を横に振る。
「それこそ、時間の問題じゃねぇだろ」
「そう、仰っていただけますと」
「不思議な人だった……兵士とは思えない、やわらぎのある人でした。父親――雄性の親のことを、
「もう――百年――広大と離れて、もう百年です……
交による被虐によって、心を殺された百年。
一人、真実を抱え、押し殺して生きた百年。
この
「広大は、微笑んでいました。――自分はどうしても先に死ぬ。わたくしを一人残してゆくことは避けられない。自分達の関係は密通と判断されるだろう。この先自分が先に死ねば、わたくし一人にばかり、その罪咎の責め苦が
「――賢明な
ゆっくりと、
――嗤ったように、南方には見えた。
「一晩、南方様にお待ちいただいて、わたくしたちは、そう結論を出しました。でも、わたくしは、彼とは違う。
げほり、と
「本当は、疑いもありました。広大も、保身をもって離別を選んだのやも知れぬと。わたくしと交わりをもったのは事実です。
はらはらと落ちる涙。零れ落ちる赤い花。
それは確かに、美しかった。
「広大の訃報を聞いたのは、離れてから二年後のことでした。あの後すぐ、彼は禁軍に捕縛され、焼き滅ぼした
木王は、
「最期まで心に嘘のない、彼自身の神に従う人でした。うそじゃなかった……そんな彼の子を、卑劣な行いで生まれたことにはしたくなかった……でも、真実を託せる人は、明かせる人は、貴方様しか浮かばなかった。他の皆には、同じ苦しみを負ったものと支え合った皆には……言えなかった……」
南方は立ち上がり、「わかったから、もう休みなさい」と、
「子の名前は?」
掛け布を直しつつ問うと、
「
ゆっくりと、
「広大の
「丹頂、か」
「はい。彼の家系は、その名に鳥の名をいただくのだそうです。でも、それに
薄々気付いていたその事実に、南方はゆっくりと頷く。
「それは」
「――
ばたばたと、再び表で枝が窓を叩く。
南方が顔を背けているうちに、宙を掴もうと泳ぐ
さらさらと崩れて、ささやかに差しこむ光に溶ける。
南方が椅子を倒す勢いで扉へ向けて駆ける。
南方は背を向けていた。
だから、
「……広大、あなた、いたのね」
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