12.俺ン中の神さんに、顔向けできんようになるとがえすか
*
「こげん
ほとほとと涙を零しながら、
鼻血を落とし、豊かな白髪を引き抜かれ、全身を暴虐な欲に傷めつけられているにも関わらず、
ただ、
ふと、寝台の上で、首を刎ねられた
目の前にいる
本来ならば一難が去ってまた訪れた一難哉と逃げるべき場面であろう。しかし、そうと想像もできぬくらいに、この時の
邸宅の外が騒がしくなった。男――
「あんた、あの、あのっさい、こげん急に
そこで広大は発する言葉を一瞬
「今、俺等の集の作戦で、あ、あんたら月の民の
それで、広大は歯を食いしばった。
「でけん。今はなんも考えんと。考えてから決めるとじゃ間に合わんごつなる。あんたはまず逃げやん。ああだこうだ考えるとは、逃げて安全になってから。俺も
広大は慌てて周囲を見回し、近くに落ちていた
「なんぼ
広大は、
二人が最初に潜んだのは赤玉廟の地下だった。暗渠から抜け出た先、最初に目に付いたのがそれだった。一晩をそこで明かしながら、広大が
「――なので、翌朝には、なおってしまいますから」
伏し目がちに「お気になさらないでくださいまし」と言う
交間とはいえ全てが対等なものとは限らない。広大の察した通り、
首を落としても、断面を接しておけば元に戻る。それが月人だ。
嬲ろうと千切ろうと犯そうと
果て無き加虐心は際限を持たない。結果、
しかし、あったことは消えない。行われたことはなかったことにはならない。
そうして彼女の心は少しずつ小さく薄くなり、ふとある時から、うまく物事を感じとることが出来なくなったのだった。心が自衛のために、そうしたことだった。
あまりの痛ましさに広大の顔が歪む。対する
広大は「俺に触られるとも嫌かろうばってん、凍えたらいかんけん」と、濃紺の布ごと
翌朝、二人は夜が明けやらぬ内に廟を発った。廃村、遺跡と点々とし、三日目に辿り着いたのが名も知れぬ山だった。しかし広大には当てがあるという。以前諜報のための拠点として
それから二人は、そこで二月近くをその小屋で共に暮らした。
食をそこまで必要とはしない
少しずつ、少しずつ、感情が
あたたかい一匙を口に運ぶたび、胸の中にはぽっとぬくもりが増す。暖かな光が彼女に呼吸を思いださせる。そう、身体が呼吸をしている感覚すら、遠い百年だったのだ。
一月ほどたったころに、漸く
客観的に見て、自分達は属する集団に離反した者同士なのだ。
逃げ出した夜に彼が
夜の寒さを凌ぐための布が減った。
小屋にあった掛け布の数は足らず、とある冷え込みの厳しい夜をやり過ごすために共寝をしてから、以降そうすることが当たり前になった。
ある夜、
「あなたは、どうして、わたくしを助けて下さったのですか」
すぐ隣に横たわり、同じ掛け布に包まり体温を分け合う男は、ふうと溜息を零すと天井を見上げた。
「俺も正しい人間じゃなか。ばってん、あの命令ば聞き入れてしまったら、俺ン中の神さんに、顔向けできんようになるとがえすか」
彼は、彼の正義に
それは恐らく、
広大の頬に
ただ、この山小屋から僅かばかり離れた場所で、
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