11.梓琳と広大
*
離れの内に踏みこむまでもなく、屋内は薄暗く、また開扉されたとたんに
南方の眉がわずかばかり曇る。さっきの子供のためのものだろうが、それが誰の手によるものなのかまでは、まだ南方には察しがつかない。
香の合間に漂うのは、紛れもない死臭だった。
木彫りの
「
「失礼」
ひと声かけてから衝立の向こうへ南方が入ると、
は、と吐息と共に、その薄い唇が開かれる。
「久方ぶりです、廂軍様」
「――
そこでようやく腹の決まった南方は、椅子に腰を下ろした。
「久しぶりだな、
「突然お呼び立てしてしまって、申しわけありませんでした」
「そんなことはいい。俺に話があるんだそうだな」
「はい」
そこで
「失礼致しました」
「いや、気にしなくていい」
「あの時も、そう仰っておいででしたね」
「あの時?」
「わたくしを、あの山小屋から、連れて出られた朝です」
「――そうだったか」
「はい」
こくりと首肯して、
「一晩、考える時間が欲しいとお願いしたわたくしに、貴方様はわかったと、そう仰って下さった。助けに来たのに助けられることを渋るような愚かな雌性を、殴ることもせず、言葉を聞き入れて下さった……」
「それは」
「わたくしには、そういう扱いしか、経験がございませんでしたから」
繋がれた言葉に、南方は詰まった。
「ご覧の通り、わたくしは、もう長くはありません。あの……あの子のことは、ご覧になられましたか?」
子のことだろうと察しがつき、「ああ」と首肯する。
「見ての通り、
「それは、またあいつに言ってやってくれればいい」
「本当に、
「――恵まれているとは、思うよ」
「うらやましい。わたくしには、そういう巡り合わせは、与えられませんでした」
そこで、
「
「ありがとう。手短にすませるわね」
扉が閉まると同時に、南方は改めて椅子の上で姿勢を正した。
「――巡り合わせがなかった、というのは」
南方の問いに、
「わたくしは、
すでに先の読めた物語に、南方は表情も動かさず、ただ聞いた。
「二人とも苛烈な気性でした。ささやかでも尽くそうと努めましたが、わたくしのやること為すこと全てが気に入らなかったようです。少しでも糸、織物について知ろうと教えを請えば覚えが悪いと殴られました。食事の量はその時々の腹具合に合わなくては蹴られ、
ふ、と。
漂う香が、強くなったような、そんな気が、南方には、した。
「そう、あの夜も、首を絞められて、
「――落ちた、とは」
「首です」
それまで精気のなかった
「
どれほど凄惨な状況だったのか、それだけで十分に分かる。南方は、知れぬように奥歯を噛み締めた。目の前の
「すすり泣く声が聞こえました。はじめ、自分が上げているものを、そうだと気付かずに聞いたのかとも思いましたが、違いました。熱い指先が、わたくしの目許を拭いました。それから、濡らされた布のようなもので、さらに拭かれて、視界がはっきりしました。目の前にいたのは、黒い髪に、黒い目をした、はじめて見る
「こんな――」
――こんな
「ちくしょう、畜生――そう言って、彼は、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます