10.雪蘭
*
「
後ろから投げかけられた声に、
「
南方の視線の先には涼やかな目許の
南方の視線に含まれた、彼女の身の変遷を思うものを解してか、
「今は
低く落ち着いた声音に南方は苦笑した。こういう気の利かせ方が、昔から好ましい雌性だった。当時
「久しぶりだな」
「全くだよ。あの子等うちに預けて、
「まあ、俺に情があるように見えてたんなら、そりゃ比較対象が悪ィってもんだぜ」
「まぁねぇ。あの時の他の
「いくらなんでも主語の
「あんたにゃ言われたくないねぇ。自分で客もとらなくなりゃあこんなもんよ」
「引退したから今度こそは交にって通ってくるような奴はいねぇのか」
「あんたは、どう思うんだい?」
ちらと流し目をくれる。そこにわずかばかりの
「確か七、八人くらい?」
横から口をはさんだ
交為して子を得るを二の次三の次として、
大商家の実家の借財の
とまあこの辺りのことは、大昔に
「ところで――」
過去の回想から頭を切りかえると、南方は声を潜めた。
「あの子供は」
「――ついてきな」
踵を返した
洗濯紐に干された大判白布が風に揺れる。その間を、
「――誰の子だ」
単刀直入に南方が問うと、溜息を零してから
厳しい声と装いは、彼女自身を守る鎧だ。本来はこれも心根の柔い
「無沙汰してすまん」
「いいのよ。ちゃんとした交をもってるひとなんだもの、あなたは。おかしな誤解を受けかねない行動は控えてしかるべきだわ」
小首を傾げて微笑む
「それで?」
話の先を促すと、
「あの子を産んだのは、
「――ああ」
言われて顔を思いだす。他の雌性達とは毛色が違っていたのでよく覚えている。身柄を確保した時の
後々調べて分かったが、
「妊娠中から体調を崩すようになってね……やっぱり、懐胎している間、身体のなかに
「それまでは、なんともなかったのか?」
「――ええ」
廊下を進んだ
「――こうなるのは、わかっていたし、先例もあったから、
薬を使っての堕胎が可能だというのは南方も聞き知っている。当然月人の間では一般的な話ではないし、耳にして脅威と思わぬほうが少ないような狂気の沙汰である。廓周りでなくはない、という程度の話しだ。しかし、これは状況が状況だ。
「今は?」
「……もう、長くはないと、思う」
それで、
南方は苦い溜息を吐いた。
「もっと早く俺にも言ってくれていれば」
「――あなたに報せたのは、
「は?」
「
ぎいいと外へ開かれた扉の内には、薄闇が沈んでいた。
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