8 銀鈴楼
*
自公邸の裏門を出れば、すぐ目の前には
するすると、石畳を滑るが如く歩みを進める
つまり、雌性二種が顕現し次第、自らは
端的に言って、地獄だ。
そういうわけで、自認が雄性であると態度で示していれば多少なりとも緩和されるのである。無論多少は多少、聞く耳持たぬ者に狙いを定められれば焼け石に水だ。よって、本当に子を産む気がないならば物理的に筋力を鍛え上げるしかない。その結果が
「で?
己の周知を目的とした姦しい動作とは対極ともいうべき、静の動きで歩む
「
「はあああ⁉」
路地一杯に響き渡る声で叫んだ
「ちょっと! しーっしーっ!」
「あっの馬鹿! よりにもよって銀楼てなんちゅーとこに!」
銀楼――言わずと知れた妓楼である。
姮娥における妓楼は二種に大別される。
「白楼」それから「銀楼」だ。
「白」の名を冠するは、所謂「春を
対して「銀」を冠するは、その
つまり、南方らの三交の一人である
さすがの南方も激高する。
「間違いでもあったらどうする気だあの
叫ぶ南方は
「ちょっと
「なんだよ⁉ 早く行くぞ」
「行くは行くけど、なんで僕を追い越せるの?」
「へ」
「
ぐふっと無様な吐息が南方の口から漏れ出る。振り返れば、薄眼で微笑む
「行ったこと、あるんだ」
「ちょ、待て誤解すんな! さすがに
「あなた、自分で気付いてないかも知れないけど、文才と剛腕以上に異常潔癖で名を知られてるって、知ってた?」
「――知ってる」
「で、どうして知ってるの?」
「……。」
「通ったことあるの?」
「通わねえよ!」
路地裏に
それは、南方にとって苦い記憶だ。
百年前、五邑の
その時に大きく被害を被ったものは――
雌性たちは岱輿の兵によって凌辱の限りを尽くされ、数多はその『種』の喪失に激高した当人達の三交によって惨殺された。この副次的な人災を朝も看過するわけにゆかず、軍が動いた。無論実働したのは廂軍である。つまり、南方である。
自身も雌性二種である南方が、その任の渦中で目にし、肌で感じた地獄は筆舌に尽くしがたい。心身共に害された雌性たちを、とにかく安全な場所へと移送してゆくその道中で、一体何百人が自らの命を絶ったか知れない。
また、多くの兵の視線や立ち居振る舞いから、当然の自決だろうという本音を嗅ぎ取ったこともまた、南方の心身を疲弊させた。雄性が雌性に一方的に負わせる責の、なんと傲慢なことだろうか。自らの交の、その身を守れなかった、守らなかった悲劇を、多くの雄性は、雌性一人に転嫁した。絶望と罪悪感で悲嘆にくれた雄性達は、雌性を責め、その罪を雌性の一身になすりつけることで、自らの無力と喪失を慰めたのである。
お前が悪い。お前のせいで。俺の種は喪われた。死んで償って当然だ――と。
兵の多くは雄性である。
故に、その搬送業務にも熱が入らない。
寧ろ種を喪失させた、責を果たせなかった汚らわしい雌性共を、なぜ救わねばならぬと、はじめから本音を露呈させていた者が多かった。実際に悪口を浴びせかけ、彼女等に対し侮蔑の態度を隠さなかった。廂軍の兵の多くが、雄性に対して同情的だった。そんな本音が彼女達の扱いにも明白に現れていた。自決した雌性達の遺体を煩わし気に谷底に投げ捨てた連中の顔を、南方は忘れていない。
それで、廂軍を辞した。
南方は、この事を
そして――、
そんな地獄のような光景を目の当たりにしつつ、なんとか生き延びたうちの数人が預けられた先が、他でもない「銀楼」の数件だったのである。
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