天使と言われて戦えと言われて愛せと言われたんですが?

ふわる

第1話





君と初めて出会ったのは棺桶の中だった






線香のスッとした香り、数珠の音、すすり泣く声、ここにいる人達は彼女をどういう目で見て悲しんでいるんだろうか…。

そもそもこいつらの腹の中なんて知りたくもないし知ったところで僕がこいつらを潰したくなるだけだ。


「あのっ!」


呼び止められ声の方を振り返る。

彼女と同じ歳ぐらいの子だろうが僕に話しかけないで欲しい反吐へどがでる。

だが、生前彼女が絡んでいたのならここは大人の対応をするべきか…。


「どうかされましたか?」


「この度は、お悔やみ申し上げます…。

その、○○とはどう言う関係でしょうか?」


はぁ…関係?そんな事君に言って君は1ミリでも理解できるとは思えないんだけど。


「人の素性より君は一体何なの。僕に話しかけないでくれるかな。」


あぁ、大人の対応とは一体って思う。

けど反吐が出る。

葬儀会場に入ると直ぐに微笑んだ彼女の写真が目に飛び込んだ。

心臓がドクッと跳ね上がる身体中の血がふつふつと沸き上がる様な高揚感こうようかん

ようやく会える。

君の1番近くにようやく…。

歩くスピードが早くなる。

参列者共の泣いてる声とかもうどうでもいい。

お経ももう唱えなくていい。

棺桶の前に立つ。

死化粧で飾られた彼女も凄く美しい。

箱型の棺桶にアネモネ、竜胆りんどう、フリージアなのど花が敷き詰められた中に眠る彼女がそこにいる。


…アネモネ、はかない恋、見捨てられた、

竜胆、悲しんであなたを愛す、

フリージア、親愛の情。

花言葉はこんな所か。

こいつらは彼女にそんな花を手向たむけたのか。

僕は見捨てないし悲しませない、

けど駒になってもらうよ。


そっと指で自分の唇触り彼女の唇にその指を触れなぞる。

周りの人達が何か騒いでる様だが、黙ってそこで見ていろ。


「君は今から神の駒になる。さぁ起きて…僕の天使。」





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重い

重たい…。

何かが身体にまとわり付いている様な感覚。

周りが赤黒いなにかに囲われて深淵しんえんって言葉が似合いそうな場所だ。


けどなんか、別に嫌じゃない。

重たくて沈むならどこまでも沈んだらいい。

その終着点が見てみたい。


「貴様はそれを望むのか」


どんと低い声が辺りに響き渡った。


「ガッ…ごほっ……」


なんだこれ、声が…

息苦しくないのに水の中にいるみたいになってる。


「声など出ぬわ。ここまで来たのはお主が始めてぞ。」


どこにいる!姿を見せろ!


「主は今その状況で何も怖くないのか?」


しるか!姿を見せろってんだよ!


「……」


目の前に急何かが現れたと思ったら喉元をグッと押し潰される感覚が直ぐに伝わった。

バシャンと水面に叩かれたが痛みが全くない。

喉元を掴んでいるのは人の様な形をした何かで

こいつの周りを渦巻いてる黒いモヤのせいで顔がはっきり見えない。


っ、何すんだよ!


「こうすれば儂の顔も見えるだろうよ…。

ほれ、よく目を凝らしてごらん。」


何言って…そもそもモヤモヤのせいで顔なん…て…


段々と明るみになるその顔に目に食い入る様に見入った。


あんたは…んっ!


急に唇が熱い。

身体がなんで光っているのか訳が分からない。


なんだよコレ!


「君は今から神の駒になる。さぁ起きて…僕の天使。」


耳元でくすぐるような声にビクッとした瞬間

さっきまで喉元掴んでた奴が首に唇を落としてきた。


あんた何してんだよ!やめろ!


「これからお主はそちら側に付くようだ。これは餞別せんべつだくれてやる。」


急に目の前が暗くなる。

まぶたも眠なくなるかの様に重たく閉じたがっている。


意味が分からない…せめて…なま…えを……。


「---」






…………



なんで…目の前で花が舞っているんだ。

いや、そもそもなんで男に担がれてんだ私…。


「やっと起きたね、僕の天使。」


「は…天使?」


ニヤニヤして何言ってんだこいつ。

それにこいつに流れてる風は何処から来てるんだ?


周りを見たら黒に身を包んだ人達が座り込んで何かを叫んでいる。

泣いてる人もいれば、ただ立っているだけの者もいた。


「ばっ…化け物っ!!」


悲鳴じみた叫びに直ぐに振り返った。


お母さん……?


ハッとした。

この雰囲気、自分が身にまとってるこの白装束

周りが何で黒の物ばかり身に付けているのか。


「私、死んだの?」


震える手が無意識に口を覆う。


「いや君は生きてる。君は選ばれたんだよ神の駒、天使にね。」


一段と私達を覆う風が強くなる。


「起きたばかりで申し訳ないけど仕事の時間だよ。」


……いい、わかった。


「ここからさっさと連れ出して。」


なんで自分が死んだのかは知らないけど

今はこの場所から離れたい。

この男が担いでいるなら好都合、何処へでも連れ去って行けばいい。


「これから魔を狩りに行くよ。でも安心して闘うのは天使である君だけど君を護るからね。」


荒々しく辺りを吹き飛ばすが私達の周りに吹く風は優しく暖かな風で舞うように葬儀場を飛び立った。


………


どれくらい飛んだだろうか。

もう1時間近くは飛んでる気はするけど。


「ねぇ、休まなくていいの?ずっと飛びっぱなしじゃん。」


「君は僕の心配をしてくれるの?」


「そりゃあ、私の事担いでくれてるし寒くない様に暖かい風くれてるし…。」


「大丈夫、僕は天使である君を護る役目もあるからね。」


「あのさ、その天使ってあだ名やめてよ。私にはちゃんと名前が…」


名前が、自分の名前が思い出せない。


「僕の天使はまだ自分が人間だって思ってんだね…。仕方ないか、目覚めたばかりだもん。」


「まぁ、化け物って言われたぐらいだしね。」


ふっと自嘲気味の笑みを浮かべた。


「君はこれから神の駒として、天使として魔と戦う。人を惑わし災いをもたらす悪魔や妖魔、魔物なんかもまとめて魔と僕達は呼んでるんだ。」


「…魔。睡魔とかは?」


「あー、普通の睡眠自体は平気。後あれだね、事故があってそれで昏睡状態の時も睡魔は関係しない。けど睡魔は夢に関係してくるね、よくあるのは夢のおまじないとかってあるでしょ?」


「あー…枕返しとか?」


ふはっと吹き出す男が話を続ける。


「うん、それは妖怪枕返しだね!けどそれも妖魔だから魔の者だよ。好きな人と夢で逢えますようにとか、夢日記とかやってる人とか、引きづりこむんだ夢の中に。だから昨日まで元気だったのに昏睡状態とか夢の境が分からないとかは睡魔の仕業。」


淡々と語られる魔に付いて私はふぅんとしか言えなかった。

私がこれからそいつらと闘うって言うんだし実感がわかない。


「さぁ、ここだよ。」


ふわっとゆっくり降ろされたのはビルの上。


「え、ここ?人とかいるよ?」


「あー、事後処理は上の人達がやるからいーのいーの!」


男が指を空にさした。


「それよりここ、淀んでるから落としに行かなきゃ人間に危害が出る。僕達の仕事はそれを阻止するんだ。」


「そんなに人間って守らなきゃいけない存在なの…」


さっき私は自分の母親に化け物と言われた。

自分がなんで死んだかも分からない。

そもそも私の人生って……


頬が暖かい物に包まれた。


「っ…なに!」


男の両手が私の頬を包んでいて温かさを感じた。


「僕は、君が一生懸命生きたこの世界を護りたい。それはこれかも君がここで生きて行く中で色んな人と交流して欲しいって思ってる。だから僕は世界も人間も君も護り抜きたいって思ってる。」


真剣に語るその瞳にが揺らがない。

この人は本気で言っているんだ。


「ははっ、何真剣に言ってんの。それに欲張りすぎだから。」


ふにゃっと笑う男につられて表情が少しほぐれて来た気がする。


「そうだ君に贈り物をあげるよ。」


なに?と聞く前に腰をぐっと寄せられ瞳が近づく。


「ちょ…!離せ馬鹿!」


「聞いて、これは贈り物だから」


手首を掴まれ身動きが取れない、なのに目が離せない。

長いまつ毛の奥に覗かせる深い緑の瞳は真っ直ぐ私を見つめてくる。


七星ななせ…君の名前は七星。運命を動かす者。」


私は七星。

初めてのプレゼントが名前かぁ

確かに贈り物だよ。

ありがとう…。


ちゅっと手に伝わった。


「キス…されると思った?」


「なっ、馬鹿かあるわけないじゃん!」


キスされたのは手の甲だった。


なんで心臓バクバクしてるんだ、治まれよ!


クスクス笑う男にキッと睨み付けるがまだクスクス笑っている。


「僕ははやて。神の声を聞き伝える神託者しんたくしゃ。」


私の前に手がさし伸ばされた。


「さぁ僕の天使、一緒に魔を潰しに行くよ。」
































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