第16話 魔法教師
学園内にある魔法実践場は校舎から離れた場所に位置しており、周囲を巨大な魔法結界によって覆われていた。
若干ではあるが秋の終わりを告げ始めた冷たい風が吹き抜ける中、Sクラスの生徒たちは担当教員の姿がいつまで経っても見えないことにざわつき始めていた。
「エミリア先生休みか?」
「いや、それなら何か連絡があるだろう」
「授業の変更とか誰か聞いてない?」
「誰かが休みを伝達し忘れてるとか」
Sクラスの魔法実技担当教師であるエミリア=レンブルク。
魔法大国エトスタ王国レンブルク子爵家の次女であり、若くから魔法の才を発揮し、その将来を期待された才女である。ヴィクトル学園を卒業した後はエトスタ魔法師団への入隊が希望されていた彼女であったが、エミリアが選択したのは学園に教師として残るという選択肢だった。
大陸中の指導者から羨望されるヴィクトル学園の教師に卒業後すぐに採用されたということが、彼女のその才の異質さを物語っているといえた。
それは多くの生徒たちが集まっているこの場にいながら、自分の存在を彼らから隠匿するくらいは造作も無いほどに。
(シン先生はまだ来ないのかしら?)
エミリアは生徒たちが集まるよりも前からこの場所にいた。
前日の放課後に学園長からの呼び出しを受けたエミリアは、唐突ともいえる担当クラスの変更を告げられた。
本来ならそれは簡単に受け入れられるものではないのだが、その日訓練場で起こったことを魔力感知で把握していたエミリアは一つの条件を元に承諾したのだった。
それは「自分もシンの授業を見学させてもらう」ということ。
しかし学園長が言うには、教師としては新人であるシンが、他の教師に見られるのは嫌なのではないだろうかという意見を出し、それならば姿が他の者に見えないようにするのでどうか?と、更に条件を付け足した上で了承を得て今に至る。
(もしかして、シン先生も私と同じように姿を消してこの場に来ているとか?)
自身の周囲の空間に干渉し、光を屈折させることで姿を見えなくさせる魔法『
噂に聞くシンならばそれくらいは可能だろうとエミリアは考えていた。
「遅れてすみません」
シンを探して周囲をキョロキョロとしていたエミリアの耳に、突如として男の声が聞こえてきた。
「え!?シン……先生?」
ティアが目の前にいきなり現れたシンの姿を見て驚きの声を漏らす。
「ちょっといろいろありまして、今日から魔法実技の授業も私が担当することになりました」
思いもよらない言葉にざわつく一同。
(普通に遅刻だったのね……。でも今どうやってここに?)
「え?シン先生が実技も教えてくださるんですか?」
「ああ、あと……『剣術実技』もやることに……」
実は生徒以上に戸惑っていたシン。
『魔法学』については一応の予習は行ってきていたのだが、それ以外については全くどのようなことを教えているのか――というより、そもそも教科書すら受け取っていなかった。
「やったー!!」
生徒たちから大きな歓声が上がる。
シンは予想していなかったリアクションに驚いた。
「やったあ?えっと、歓迎されてるという風に受け取って良いのかな?」
「もちろんですよ!直接シン先生に魔法を教えてもらえるんでしょう!」
キラキラとした目を真っすぐに向けながら詰め寄ってくるティアに、得も知れぬ恐怖を感じて後ずさるシン。
「それは、そう、ですけども……」
「ということは!魔法学で教えていただいた理論を、直接、実践的に指導していただけるということでしょう!」
「は、はい……そうですね」
「それを歓迎しないわけないじゃないですか!!実は理論と実践がちぐはぐになってしまうんじゃないかって皆で危惧していたんですよ。でもちゃんと考えていてくださったんですね!」
――ああ、この子たちはそれに気付いていたんだ。
「まあ、そういうこともあって、急遽担当を変わってもらったということになりましたから、よろしくお願いしますね」
「はい!私たちの方こそよろしくお願いします!あ……でも、私たちが喜んでいたことはエミリア先生には内密にお願いします……。別に私たちもエミリア先生に不満があるとかじゃないので…・…」
ティアが前任だったエミリアのことを思い出して、急にすまなさそうにそう言った。
――エミリア先生?ああ、前任の先生の名前ね。
「言いはしないけど……」
そう言って振り返ったシンと目が合ったエミリアは、大慌てで首をぶんぶんと振った。
(私はここにいません!何も聞いていませんよ!)
「……。じゃあ、そろそろ授業を始めようか……」
何も見なかったことにして生徒たちの方に向き返る。
「あ、シン先生。一つお願いがあるんですけど」
「ん?お願い?」
「はい。先生は敬語ではなく、普通に話してくださいませんか?ちょくちょく普通の話し方が混ざってるのが気になって……。それに教えを乞う側の私たちに先生が敬語を使うのはおかしいですから」
「……混ざってた?」
「はい。昨日からたまに」
「……分かりまし――」
「敬語禁止で」
「――分かった。これからは普通に話す様にするよ」
「はい。それでお願いしますね」
一瞬ティアにジャンヌの姿が重なった様な気がして、改めて女性のこういうところは苦手だなと苦笑するシンだった。
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