第15話 予定調和の未来

「お忙しいところ申し訳ありません」


 シンは理事長室に入ると、迎え入れてくれた学園長マーベルに向かってそう言った。

 初めての授業が終わった後、その足で理事長室を訪れていた。


「いえいえ、おそらく来られるだろうと思ってお待ちしておりましたよ。まあお座りください」


 マーベルは丸眼鏡の奥のある目を細めながらそう返した。


「私が来ることを予想しておられたのですか?」


「ええ。今日の一時限目が魔法学ということは知っておりましたので、授業が終わった後に来られるだろうと思っておりました」


「では私の話したいことも……」


「大体の想像は出来ておりますよ。生徒たちにどう教えれば良いのかの相談でしょう?」


「……その通りです。もちろん、教師である以上、決められたカリキュラムに沿って授業を進めないといけないというのは分かっているのですが……」


「昨日、シン先生の魔法を経験してしまった生徒たちは納得しないでしょうね。あれはどう考えてもこの世界の魔法に対する考え方を逸脱したものでしたから。優秀な者が集められたこの学園の生徒ならば、あれを見ただけでそのことを理解したでしょう。このままどれだけ学んだところで到達し得ない領域のものだと」


 同じくあの場にいたマーベル自身もそう感じていた。

 そしてシンは朝から授業に至るまでの経緯をマーベルに語った。


「ハッ!ハッ!魔導の頂ですか!」


 ティアがシンに向けた言葉を聞いて愉快そうに笑い出すマーベル。


「しかも魔導の深淵ではなく頂……成程成程」


 そして誰に言うでもなく独り言ち納得したように頷いた。


「それでシン先生はどうしたいと考えておりますか?」


「私としては……自分のやり方で指導した方がやりやすいと考えてはいるのですが……それだと――」


「魔法実技の授業との兼ね合いが悪い、と」


「その通りです。魔法学で私の魔法理論を教えても、実技の授業では教科書に沿った進め方になるのなら生徒たちにとっては負担がかかるのではないかと思います。それに基礎的なことを考えると、ちゃんとした下地を作らせるのも大事なのかな?と」


 肉体強化で無理やりパワーレベリングのようなことをするのは簡単だが、こと魔法のこととなると、ある程度の素質が影響してくる。魔力制御の不得手な者に大きな魔力を与えることは、本人にとっても、周りの者にとっても良いこととはいえないとシンは考えていた。

 そもそもシンの担当する魔法学は座学である。

 魔力の鍛え方や魔法の発動の理論を教えることは出来るが、実際にそれを試させて指導する権限はない。つまり、強くなる方法は教えられるが、実戦授業でその力を制御出来るかどうかを確認することは出来ないのだ。

 もし万が一にも暴走するようなことがあったとしても、シンにはそれを止めることは出来ない。


「シン先生であれば、生徒たちの能力を引き上げることも簡単なのでしょうな。しかしそれをやってしまうと、能力と実力とのバランスが取れずに危険があるかもしれないとお考えなのでしょう?」


「はい。異なる理論で作られた力が正しくバランスを取れるのかどうか……。そして危険無く扱えるものなのかどうか。今の時点では何とも言えません」


 そこでシンが思い至ったのが―――


「そういうことなので、魔法実技の授業の方も私で担当させてもらえないでしょうか?」


 結局のところ、理論から実技までの全てを自分が担当して見ていけばいい。もし魔法を使うことに不向きな者がいるのならば、そこは説得して戦士としての身体強化を極めさせれば良い。早めにそうすることで、今後の生徒たちの危険を減らすことにも繋がるだろう。

 そもそも生徒たちのほとんどは貴族の子息たちで、最前線に立って戦う立場に無い者なのだから、全員が全員魔法を使えるようになる必要もないのだ。


「構いませんよ」


 シンが来ることを予測していたマーベルは、シンからの相談が想像していた通りのものであったのなら、最初からそう返事をするつもりでいた。


「――え?そんなに簡単に了承して良いんですか?」


 シンはマーベルが何でもないように言ったことに拍子抜けしたような声を出す。


「ええ、ええ。私も昨日のシン先生の魔法を見ておりますから、生徒たちがあれに憧れる気持ちは分かりますし、教科書通りの理論を実践してきた身としては、その理論であれを使うことの危うさも感じておりますのでね。それならばいっそ最初から全てをお任せした方が早いと考えておりました。もしシン先生が来られなかった場合は、私の方からその話をしに伺うつもりでおりました」


「そう、なんですね……」


「ですから、すでに担当の教師の方には話を通しております」


「あ……そう、なんですね。……?」


 魔法実技の担当教師は複数人だったのかとシンは思う。


「ええ。魔法実技の担当教師と――剣術実技担当教師の二名です」


「え?え?剣術教師?」


「どうせ身体強化の方も教えないとでしょうから、それなら実技は全てシン先生にお任せした方が早いでしょう?」


「いや、まあ、それは……そう、かな?」


「それに両方の実技担当となれば、野外演習なども両方の教師の予定を合わせる必要もなくなりますから、他のクラスよりも手軽に行けるようになりますよ。あ、天気が良いな。今日の授業は魔物狩りに行くか。みたいな感じで」


 ――そんなピクニック感覚で言われてもなあ……。


 にこにことシンの顔を眺めているマーベルに、これ以上は何を言っても駄目だと感じたシン。


「……分かりました。そちらも私が担当します」


「ありがとうございます。それでは今日から、Sクラスの『魔法学』、『魔法実技』、『剣術実技』の担当はシン先生という事でお願いします」


「剣術は完全に自己流ですけどね……」


「それだけ実践向きという受け取り方をしておきますよ。あ、そうそう――」


 それまで笑顔だったマーベルは、急にその表情を引き締めた。


「シン先生に一つお伝えすることがありました」


「何でしょうか?」


 急に雰囲気の変わったマーベルにシンも気持ちを引き締める。


「Sクラスの次の――いえ、すでに始まっている二時限目の授業が『魔法実技』ですね」


「――え?」


 シンは慌てて壁の時計を見る。

 時計の針は、二時限目の始まりの時刻をすでに十分ほど過ぎていた。



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