第14話 シンの魔法概念
シンの教師としての二日目。その最初の授業は『魔法学』。シンが受け持つことになっている教科である。
ティアたちとの齟齬のあるやり取りを終えると、ちょうど授業開始のベルが校内に鳴り響いた。
「ええと、じゃあ、授業を始めようか」
日本の学校のような「起立・礼・着席」の号令は無く、生徒たちはシンの言葉を聞くと無言で鞄から教科書を取り出した。
「誰か、教科書のどの辺りまで進んでいたのか教えてくれる?」
予習として魔法学の教科書自体には目を通してきていたシンだったが、授業の進行状況までは把握しておらず、生徒たちの理解状況も当然分かっていない。
そして何より心配しているのは、教師として何の講習も受けたことのないシンが、果たして生徒たちに勉強を教えることが出来るのかという事であった。
それに使っている教科書に書かれている内容は、シンの理解している魔法についての考え方とは多少違っており、その事もシンの不安を増幅させていた。
「はい!質問をよろしいでしょうか!」
教壇正面に座っていた赤髪で長髪の男子生徒が元気に手を上げた。
「レオン、だね。質問?」
シンもよく知るタッソ軍務卿の長男である。
「はい。先生の昨日の魔法を見て思ったのですが、あれは私たちの知る魔法とは違う概念で発動されているもののように感じました。あれはこの学園で学んでいる延長線上にあるものなのでしょうか?」
それは他の生徒たちも薄々は感じていたことのようで、レオンの言葉に数人の生徒たちが頷いている。
「成程……。これは魔法学の授業の範疇なのかもしれないね」
これは渡りに船だと感じたシン。
このまま自分で納得しきれないことを教えていくよりは、自分の考え方を先に伝えておいた方が良いと考えた。
「その質問の答えとしては、半分正解で半分違うと言っておこうかな。でも決して間違っているということでもないよ。そうだね、レオンは魔法とはどういうものだと理解しているかな?」
「魔法ですか?それは、魔力を用いた事象の具現化でしょうか?」
「正解。魔力を変換して火や水を作り出したり、大気に干渉して風を起こしたりすることが一般的に魔法と呼ばれること。では詠唱とは?」
「詠唱は、その魔法のイメージを補足する為に用いられるものです。また魔法の形を形成するのに必要なもの、でしょうか?」
「そうだね。一概に炎といっても、蝋燭の炎から太陽の炎までピンキリだからね」
「太陽の炎?」
天文学の発達していないこの世界において、天にある太陽が燃えているという認識を持つ者はいない。
研究者がいないわけではないが、それは主に占星術に用いられる為である。
「その炎の規模を一定の形に収める為に使われるのが詠唱と呼ばれるものだ。つまり【
「それは……そういうものなので……」
「じゃあ、こういうのはどうかな?」
シンは右手の人差し指を立てると、その先に小さな炎を灯した。
「それは生活魔法で使っている【
「じゃあこれは?」
指先の炎が少しずつ大きくなる。
「……そのサイズになると【
会話しているレオンだけでなく、他の生徒たちも徐々に感じてくる違和感。
「じゃあ、これくらいになると?」
更に炎はバランスボールサイズにまで膨れ上がる。
「それは完全に【火球】……です」
少しだけレオンの顔が引きつりだす。
そして先ほどから感じていた違和感が何なのかに気付いた。
「ああ、熱は遮断してあるからみんなは安心して良いよ。じゃあ――」
「ま、待ってください!」
そこでレオンが慌ててシンを制止する。
「先生はさっきから何の魔法を使っているんでしょうか?私の目には魔法を切り替えているようには見えないのですが?」
それが感じていた違和感の正体。
【火種】、【松明】、【火球】と成長していった炎。通常ならば別々の魔法である以上、その都度出現するはずであった。しかし、シンの出している炎は徐々に規模を大きくしていったように見える。
「俺――私の使っているのは、単純に【炎】の魔法です。規模も小さく、熱量も少ない今の状態に名前はありません」
そう説明すると、シンは【火球】にまで成長していた炎を消した。
「元素魔法……」
教室のどこかから小さく呟く声が聞こえた。
「ええと、今見せた炎のサイズや火力を定める為に用いられるのが詠唱と呼ばれるものです。逆に言えば、その制御が出来るのであれば詠唱は必要ありません。私の魔法は主にこういった概念から発動していると言えますが、威力が上がって今よりも繊細な魔力制御の必要な魔法になると、私も詠唱を使いますし、昨日の血界魔法のような魔法陣を用いた魔術も使います。なので、この教科書にあるような魔法を使うには必ず詠唱が必要という考え方は、私にとっては半分正解で半分違うということになります。そして間違っているわけではない、と」
シンがこの世界に来てから感じていた事。
それは人間の使う魔法の威力が一定であるという事。
肉体強化こそ個人差があるとはいえ、最初にロバリーハートの《
他にもゴブリンキング軍との戦いに赴いた戦場にいた魔導士たちの使う魔法も、種類の差こそあれ、それぞれの持つ魔力量と威力が比例しているということはなかった。
おそらく威力の違う魔法を使う為には、それに必要なプログラム――詠唱が必須であり、それを用いることで魔力さえ足りていれば使用することが出来るというシステムなのだろうと考えていた。
この考え方は魔導士育成という面においては、安全性や難易度の点で優れてはいたが、飛びぬけた魔導士の誕生を妨げているのではないかという疑念がシンにはあった。
――子供たちに教えるのはどちらが良いのかなあ?
フェルトたちに魔法を教えていないのは、シンにまだこのような迷いが残っているからである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます