第13話 順調?難航?

「教師初日はいかがでしたか?」


 屋敷に帰ってきたシンが部屋で着替えを終えると、そのタイミングを計っていたかのようにフェルトとライアスが訪問してきた。

 そしてシンの顔を見るなり、若干にやけた顔でフェルトがそう言った。


「……何となく想像がついてる顔してるけど?」


「何があったかは知りませんけど、シンさんがやらかさないはずが無いですから」


「俺への認識酷くない!?」


「経験則からのものですので、ご不満は過去のご自身になさってください」


「……特に身に覚えがないけど。ちゃんと一日先生をやってきたってば」


「先生、目が泳いでますよ?」


 ライアスにまでツッコまれたシンは顔を窓の方に逸らして誤魔化そうとする。


「で、何をやらかしたんですか?」


 しかしそんなことで逃がしてはもらえない。

 フェルトは今日一日ずっとシンの報告を楽しみに過ごしてきたのだから。


「別にやらかしてなんか無いけど……」


 逃げきれないと察したシンは、今日学園であったことを順を追って話し出した。



「――ということがあったくらいで、別に何もやらかしてないでしょ?」


「先生……」


「これは予想を大きく超えてきましたね……」


 話を聞き終わった二人は同じように頭を抱えている。


「えっと、つまりシンさんは、反抗的な生徒を他の生徒諸共学園を火の海にしようとしたと?」


「いや!語弊がありすぎる!ちゃんと聞いてた!?」


「ちゃんと聞いてたからこそですけど。むしろ他にどんな受け取り方があるんですか?」


「先生!私は信じておりますよ!きっと言えないようなやむにやまれぬ事情があったんですよね!?」


「言えない事情なんて無いから!最初から生徒たちを傷付けるつもりなんて一切ありませんでした!!」


「最初はそうだったんですね……でも、徐々に腹に据えかねだして……」


「ちがーう!!」


 共に生活を重ねることで、二人のシンへの弄りレベルは思いの外上がっていた。


「賑やかですけど、何かあったんですか?」


 そんな三人の声に、たまたま外を通りかかったロイドがドアから顔を出した。


「ああ、ロイド君ちょうど良かった。ちょっと聞いてくれる?君のお義父さんが学園でね――」


「わー!わー!わー!!」


 こうしてキナミ邸の賑やかな夜は更けていったのだった。




 翌日。

 シンが教師となって二日目の朝を迎えた。

 教室の前に来ると、室内からは物音一つ聞こえてこず、それがシンを不安にさせた。

 中に生徒の気配はある。もしかしたら昨日の事でショックを受けて誰も来ていないのではないかと心配していたが、どうやらその点は大丈夫のようだった。

 扉を開けると席に着いていた生徒たちの視線がシンに集中する。


 ――いないのはヘルマンだけか……。


 室内の生徒は十九人。ヘルマンの気配を感じないということは、欠席しているのはヘルマンに間違いない。

 その事に気付いたシンの心が少しだけ重くなる。

 やはりフェルトたちの言うようにやりすぎたのだろうか?そんなことを思いながら教壇へと向かう。


「おはようございます」


「おはようございます!!」


 シンが挨拶をすると、全員が起立して元気な声で挨拶を返してきた。

 その予想外の行動に、シンの思考が完全に停止する。これはこの世界に来てから初めてのことだった。


「先生?」


 固まったままのシンに、不思議そうに正面の席にいた男子生徒が声をかけてきた。


「あ、ああ。えっと、着席してください」


 着席すると再び生徒たちの視線がシンに集中する。

 姿勢を正し、シンが何かを言うのを待っているかのように真っすぐに。

 今のシンをフェルトが見たなら、人目をはばからずに笑い出していただろう程に動揺していた。


「ええと、まず最初に……昨日はやり過ぎました。……ごめんなさい」


 とりあえず生徒たちに謝ろう。

 学園長にも注意されたし、フェルトたちにも非常識だと言われた。

 じゃあ謝るしかない。それがシンの出した答えだった。


「シン先生が謝る必要はありません!」


 頭を下げていたシンに向けてティアがそう言った。

 ごめんなさい。分かりました。それで終わると考えていたシンは、ティアが空気を読まないこと言い出したなと思ったのは秘密。


「元々先生を侮辱して喧嘩を売ったのはヘルマンです。先生はそれを適切に指導したにすぎません」


「え?いや、それは――」


「それに私たちは昨日の先生の魔法に感動したのです!あれが世界を救った英雄の力!そんな方の指導を受けられるとは何という僥倖でしょう!」


 昨日の今日だったが、すでにシンの素性はクラス全員の知るところとなっていた。

 これはレオンや他数名の親が軍部に近しい地位にいる者であるということで広まった情報であった。


「え、英雄!?いや、それよりヘルマンが――」


 ティアはまるで演劇のように身振り手振りを加えながら熱を帯びた口調で語る。

 そしていつの間にかヘルマン一人が悪者になっている事に戸惑う。


 ――君も俺を結界で閉じ込めたよね?他の子たちも敵意むき出しだったけど……。


『人格や思想に問題のある者です』


 ――ティア……君もか……。


「是非とも私たちを魔導の頂へとお導きください!!」


「お願いします!!」


 ――これ絶対に打ち合わせしてたよね?てか、魔導の頂ってどこ?俺が教えて欲しいわ。


 あまりの綺麗な手の平返しに苦笑するしかないシンだった。



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