第12話 1年S組シン先生

「あ、あの、父上!?」


「ああ――まあ座れ。ほら早く!」


 怒涛の勢いでレオンに迫って揺さぶっていたタッソは、その声にはっとしたよう顔をしたかと思うと、焦る感情を隠そうともせずに腕を引いてレオンをソファへと連れていく。


「それでどうであった?」


 タッソは向かいのソファに腰を下ろすと、座る勢いが収まるよりも早く身体を乗り出してくる。


「どう、とは……。その、父上はあの教師の事をご存じなのですか?」


 そもそも、何故父親が学園の教師が変わったことを知っているのだろうかとレオンは思う。

 レオンの知る限り、軍務卿という職務の中に学園に関する仕事はない。そもそも最近のタッソはゴブリン軍との戦いの戦後処理で忙しく、この時間に家に居ること自体が珍しいことであった。


「何を言っておるのだ?」


 タッソはレオンの言っている意味が分からないといった顔をする。


「お前だってシン殿のことは知っておるだろう?」


「は?え?い、いえ――」


 今度はレオンの方がタッソが何を言っているのか理解出来ない。

 シンの顔に見覚えは無く、あのような規格外な魔法を使う人間を、一度でも会ったことがあるなら忘れるはずもなかった。


「どなたかと勘違いをされているのではないですか?」


 レオンにはそうとしか思えない。


「ロバリーハートの英雄、シン=キナミ殿だぞ?お前にも先の戦争での事を話したであろう?」


「――!!」


 そこでレオンはようやく父親の言っている事を理解した。

 ロバリーハートのキナミ栄誉貴族爵。

 先の戦いにおいて最大の戦果を挙げたとされる英雄。その神具とも呼ばれる魔道具の数々なくして人類の勝利はなかったとまでされる稀代の天才魔導士。

 戦いの終わった後、タッソが興奮気味に食卓でそのことを語っていたことを思い出す。


「まさか……あの教師が、そのキナミ爵だと……」


「もちろんだ。私も今日陛下から聞かされてな。一刻も早くお前の話が聞きたくて戻ってきたのだ!」


 その分、部下の誰かが割を食ったのだろうなとレオンは心の中で溜息をつく。


「父上。私はそのキナミ爵様のお名前までは聞いておりませんでしたので……。それに先生はシンとしか名乗っておられませんでした」


「何?そうだったか?ふむ、そうだったかもしれんな……。まあ、そんなことはどうでも良い!早く今日の事を聞かせてくれ!」


 これ以上は何を言っても無駄だと悟ったレオンは、今度は本当に溜息をついて、今日あったことを順をおってタッソに話し出した。

 自分でも荒唐無稽なことを話しているという自覚はあったが、タッソは途中途中で「おお!」とか「ほお!」と相槌を打ちながら真剣に聞き入っていたのだった。

 そしてレオンは話しながらも、徐々に自分自身が再び興奮しているのを感じていた。

 時は少しだけ遡り、ここはエバーハート家の夜会会場。

 シンは予想外過ぎるクレストの頼みに動揺していた。


「私が……学園の教師、ですか?」


「はい。実は私の孫がその学園の高等部に在籍しておりまして、孫の担任が体調不良で休職することになったのです。そこで是非キナミ殿にしばらくの間、その代わりをお願いできないかと考えております」


 クレストのいう学園とは帝都にあるヴィクトル学園のことで、パルブライト帝国だけでなく、西大陸にある各国の貴族、王族の子息たちの通う名門校である。

 初等部から高等部まで備えた学園では、学問に剣術、そして魔法に関する授業が行われており、学費を免除される特待生の試験に合格することが出来れば、平民であっても入学することが出来た。


「あの、私は教師の経験など無いのですが……」


「それは存じております。しかし、噂ではアデスにおいて指導を行っていたというお話を聞いております。であれば、その資格は十二分に満たしておられるかと」


「あれは修行をつけていただけで、学園の教師とはまた違いませんか?」


 師匠と教師は全く別物だとシンは考えている。ましてや若者の人格形成を成す大事な時期に、自分のような素人が携わるのは問題があるのではないだろうか?シンはそう思った。


「はっきりと申し上げますと、キナミ殿には孫たちに修行をつけていただきたい。そう考えているのですよ」


「……おっしゃっている意味がよく分かりませんが?授業と修行は全く違うでしょう?」


「……孫のいるクラスはSクラスと呼ばれております」


 クレストは俯いてぼそぼそっと呟く。


「Sクラス……。優秀な生徒たちを集めたクラスということでしょうか?それなら尚更私の様な素人には荷が重いかと」


「……違うのです。Sクラスは……学年でを集めている特殊クラスなのです……」


「……問題というのは何かお聞きしても?」


「そのクラスにまとめられているのは、魔力が強いのに魔力操作の出来ない者、学力はあるのに圧倒的に運動神経の劣る者など、ある一点においては優れているにも関わらず、それ以外が全く駄目な者たちです。それと……」


「それと?」


 もう嫌な予感しかしないシン。


「孫のように……人格や思想に問題のある者です……」


 シンはそれが一番の問題だと思う。そして思い至る。


「もしかして……。前の担任の体調不良というのは……」


「はい……精神を病んでしまいました……。ですので!是非!キナミ殿の常識外れのお力であの者たちの概念を壊していただきたいのです!!」


「おおぅ……」


 確かにそれは教師の仕事とは違うなと、額を抑えて天を仰ぐのだった。



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