第7話 教師の証明

 学園内に設置された訓練場は、前にシンたちが王宮で戦ったのと同じようなスタジアム形式になっている。

 観客席ともいえるようなスタンドと中央の広場の間には結界が張られており、まだ未熟な学生が魔法をいくら行使したところで、外に被害が出るようなことは一切ない。

 シンと学園長マーベルは、生徒たちを連れてその中央まで進んでいく。


「おい!どういうつもりだ!」


 ほぼ強制的に連れてこられていたヘルマンが不満を口にする。


「さっき言ったでしょ?俺が教えに足る教師かどうかを判断してもらうって。まあ、特別授業みたいなもんだ」


「まさか……。俺と戦うとでも言うつもりか?」


「半分――いや、三分の一正解かな。戦うつもりはないし、相手をするのは君たち全員だ。俺は手を出さないから、君たちは好きにかかってきて構わない」


「貴様!!どこまで俺を侮辱する気だ!!」


「侮辱しているつもりはない。それが一番手っ取り早いだろ?」


 シンは既に教師的な言葉遣いを忘れているのだが、お互いにその事には気づいていなかった。


「全員でやる必要などない!!俺一人で貴様など殺してくれるわ!!」


 顔をこれ以上ない程に真っ赤にして怒鳴り散らすヘルマン。マーベルがいなければすぐにでも殴りかかっていただろう。


「待ってヘルマン」


 そんな興奮状態のヘルマンをなだめるようにティアが声をかける。


「あいつはあれでもヴィクトル学園の教師に選ばれているのよ。それにあの自信。何かを隠しているに違いないわ」


「それがどうした!多少の小細工など、俺が全て叩き潰してくれるわ!!」


 怒りでティアの助言など聞く耳を持たないヘルマン。


「シン先生。私はあちらで見学させていただきますよ。くれぐれも生徒に怪我をさせるようなことが無いようにお願いしますね」


「大丈夫です。俺が生徒に手を上げることはないので」


 マーベルはシンの言葉に一抹の不安を感じながらも、この場は致し方ないと考えてスタンドへと向かう。

 そしてその二人の会話に、更に激昂するヘルマン。


「生徒に怪我をさせるな?生徒に手を上げることはしない?どこまで俺を怒らせれば気が済むのだ……」


 ヘルマンは体内の魔力を一気に練り上げ、再び炎の魔法陣を目の前に描き始める。


「準備は万全みたいだな。良いよ、順番でも良いし、全員一斉にでも構わない。さあ――授業を始めよう」




 ヘルマンが爆炎の魔法をシンへと放つと、その直撃を受けたシンを中心に炎の爆発が起きる。

 爆風が辺りに巻き起こると、他の生徒たちは一斉に散開し、自身の周囲に防御壁を作る。


「ヘルマン!あなたやりすぎよ!!」


 ティアが予想していた以上の魔法をヘルマンが使ったことに驚きながら叫んだ。

 シンのいた方を見ると、巻き上げられた土煙が立ち込めている。

 ティアは初等部からヴィクトル学園に通っており、高等部の教師の実力もある程度は把握していたが、七大公家の嫡男であるヘルマンの魔法の才能は、その教師の誰よりも高いと評価していた。

 そして今放った爆炎魔法は、魔法師団の者と比較しても引けをとるようなものではない。例えこの学園の教師であっても無事で済むとは思えなかった。


「かかって来いと言ったのはあいつだ!それに元から俺はあいつを粛正するつもりなのだからな!!」


 ヘルマンはそう叫びながらも、次の魔法の準備を始めていた。


「おい!あれだけの大口を叩いたのだから、今ので終わりではあるまい!」


 シンを見下すような発言を繰り返していたヘルマンだったが、ティアに言われるまでもなく、ヴィクトル学園の教師に選ばれた能力を見くびるつもりはなかった。


 煙が晴れていく。その中に徐々に人影が浮かび上がる。


「ん?どうした?どんどん撃ってきて良いんだぞ?」


 無傷どころか、服に埃一つ付いていない綺麗な姿のままで現れたシン。


「それとも、ヴィクトル学園の生徒の力はそんなもんなのか?他のみんなも逃げることしか出来ないの?」


 ヘルマンを、他の生徒を挑発するような事を言い放った。


「……殺す」


「ああ、殺すつもりでかかってこい!」


 ヘルマンだけではなく、他の生徒からも怒りの気配が漂い始める。


 ――ん?何か間違った方向へ向かってる気がするけど……。


 ここまでヘイトを買う必要が無かったことに、ようやく気が付いたシンだった。




 ファイヤーボールが、アイスニードルが、ウインドカッターが、初級魔法とは思えない程の威力をもってシンへと襲い掛かる。

 しかしシンの周囲に張られた障壁を突破することは出来ない。

 それでも相手は二十人。途切れることなく魔法は放たれ続ける。いつかその攻撃がシンの障壁を突破することを信じて。


「何なのあの障壁……」


 打ち続けること数分。ティアがシンの障壁の異常さに気付き始める。


「ヘルマン。あれは並みの障壁じゃないわ。個人で構成するにはいくらなんても異常よ。おそらく魔法攻撃に特化させたものだと思うわ」


「成程な……。それがあいつの自信の正体か」


 ヘルマンも強固すぎる障壁に疑問を抱いていたところであり、ティアの言葉に合点がいった。


「それなら別の方法で攻めるか。おい!テリオス!」


 他の生徒が魔法による攻撃を続けている中、ヘルマンは一人の少年を呼んだ。

 クラスの中でも一際体格のいい少年。テリオス=ミスティオーネ。背はヘルマンよりも頭一つ高く、短髪の黒髪で細目の少年。ラスラ王国、ミスティオーネ伯爵家の次男。

 得意な魔法は身体強化。


「あいつが魔法を防いで調子に乗ってるところを、全力でぶん殴ってやれ!!」


 シンの障壁が魔法特化のものだと踏んだヘルマンは、物理攻撃でシンを攻撃する判断をした。

 しかし――


 ――そういう作戦を伝える時は小声でやってほしいな。


 全てシンに聞こえていたのだった。



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