第6話 学園長マーベル

 黒のローブを纏い、房の垂れ下がっている角帽を被った痩せた老人は、小さめの眼鏡の端をくいっと上げながら教室内を見回した。


「ああ、学園長」


 それはシンが先刻挨拶して別れたばかりのヴィクトル学園学園長であるマーベルだった。

 その姿を見た学生たちの顔色が一気に失われる。


「シン先生、これは何事でしょうか?」


 マーベルは特に表情を変えることなく、穏やかな口調でシンに問う。


「特に何事というわけじゃないですよ。ちょっとだけふざけていただけです。コミュニケーションのようなものですね」


「成程……。ふむ、この結界はティアさんのものですね?」


 マーベルが教室の奥にいたティアへと視線を向けると、ティアは慌てて視線を落とす。


「それとヘルマンくん。学園内での攻撃魔法の使用は校則違反なのは知っているでしょう?」


「い、いや!これは違う!俺はこの反逆者を――」


「ヘルマンくん」


「――くっ!」


 マーベルに睨まれたヘルマンは魔法の発動を止め、ほとんど完成していた魔法陣は消滅した。

 つい先ほどまで学園長を軽んじている風な口を聞いていたヘルマンだったが、いざ本人を前にすると大人しくなってしまう様子を見て、やはりこういうところは子供なのだなとシンは思った。

 そしてティアの張っていた結界も解除される。


「学園長はどうしてここに?」


「どうしてと言われましても、これだけ派手な魔力の行使が校内で起これば気にならない方がおかしいですよ。しかもそれがあなたの教室からとなればなおさらです」


 シンは学園長の言葉に、自分が何かしているのではないかと思われていたことを察する。


「……ご心配おかけしてすいません。次からは発動前に止めるように注意します」


 教師であればそうすべきであったと反省し、素直にマーベルに頭を下げた。


「……出来れば最初からそういうことが起こらないようにしていただきたいのですが」


「あ、そうですね。気を付けます」


 それはそう。学園長の言う通りである。



「さて、シン先生はコミュニケーションだとおっしゃってましたが、ティアさん、ヘルマン君。君たちもそういうことでよろしいか?それであれば今回に限っては罰則を用いることはしません」


 マーベルはそう言いながら二人を交互に見る。


「あ、あの……私は……」


「待ってくれ!俺たちは何も間違った事などしてはいない!」


 どう返事をすれば良いかと迷っていたティアと違い、ヘルマンは自分の意見を曲げるつもりは一切ないようで、事に至る顛末を多少――いや、かなり大げさに脚色して、シンが危険な思想を持つ反逆者であり、自分たちはそれを討とうとしたのだと、熱を帯びた口調でマーベルに自分たちの正統性を訴えた。


「ふぅ……。ヘルマン君の考えは解りました。シン先生、彼の言っていることに間違いは無いですかな?」


 全てを聞いたマーベルは一つ溜息をついて、今度はシンの意見を聞いた。


「危険な反逆者かどうかは別として、どうしてこうなったかについては概ね合ってますね」


「いや、その部分を別にしてしまうと、全く合っていない事になる気がしますが……」


「思想というもの正義は常に相対性がありますから」


「貴様!この期に及んでも、まだそのような詭弁で誤魔化そうというのか!」


「ヘルマン君。この期にという表現は間違っていますよ?私はまだ何も詰んでいないでしょう?」


「――貴様!!」


「ヘルマン君。君は少し黙っていてもらえますか?では確認します。シン先生はこの国、そして皇帝陛下に対して反意をお持ちですか?」


「学園長。私はそもそもこの国の人間ではありませんので、反意という言葉は当てはまらないかと思います」


「その通りです。シン先生は他国の人間――まあ、少々語弊があるかもしれませんが」


「学園長?」


「おっと、失礼しました。ヘルマン君、そういうことです。シン先生は帝国民ではありませんので、例え陛下の事を何と言おうとも反逆には当たりません」


「――なっ!それこそ詭弁であろう!この国に住む以上は帝国の方に従うのが当然だ!!」


「あなたは帝国を賭けてでもシン先生を反逆の罪で裁けと?」


「学園長?」


「おっと、どうにも失言が過ぎますな。まあ、それはさておき、外交的な問題もありますから、実際に何もしていないシン先生を捕らえるのは難しいでしょうな。物理的にも……」


「だとしてもだ!俺たちはそいつを教師だとは認めん!そのような奴から学ぶことなど何一つ無い!!」


 ヘルマンの言葉に、他の生徒の中にも同意を示すように頷くものが何人かいた。


「ふむ。無理やり従わせるとこも可能ですが……」


 マーベルの言葉にヘルマンの顔を青ざめる。


「しかしそれでは意味が無いでしょうな。自らが学ぶという意思が無ければ成長もしますまい。ではこうしましょう。シン先生が教えを乞うに足る教師であることを示してください」


 マーベルはそう言うと、シンに向けて意味ありげな笑みを向けた。


 ――成程。さすがは学園長になる人だね。


「学園長。それでは少し訓練場をお借りしたいのですが。それと次の授業についてですけど――」


「ええ、この後訓練場は空いてますのでお使いください。次の帝国歴史学の授業のビクター先生にも変更を伝えておきますよ」


 ――やっぱり最初から次の授業の確認もしてるんだな。


「おい、何の話をしているんだ」


「じゃあ全員訓練場に移動してください」


「お、おい!俺の質問に答えろ!」


 戸惑いながら怒鳴るヘルマン。

 しかし展開についていけていないのは他の生徒たちも同様だった。


 当のシンは涼しい顔でヘルマンに向けて――


「私という教師が、君が教えを乞うに足る者かどうかを判断してもらおうと思ってるんですよ」


 テンプレな展開は仕方ないなと思いながらそう言った。



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