第5話 歓迎されない担任

 担任だと告げたシンを見る視線には様々な感情が伺える。

 戸惑い、隣の者に話しかける者。面白そうな顔で見ている者。中にはあからさまに敵意の視線を向ける者もいる。

 ただ全てに一貫しているのは、シンが喜んで歓迎されていないということだった。


「じゃあ、そういうことで。皆さんは次の授業の準備をして待機していてください」


 そんな視線を一通り受け止めたシンは一言そう言うと、教壇を降りて教室の出口へと歩き始めた。

 あまりに簡潔な挨拶に生徒たちはぽかんとした顔でその姿を見送っている。


「先生!」


 あと少しで脱出出来るというところでシンを呼び止める声が聞こえた。

 その声に足を止めて振り返ると、窓際の席に座っていた女生徒が立ち上がってシンの方を見ている。


「はい。なんですか?」


 背中の辺りまであるウェーブの入った赤髪の少女。

 少し上がり目の大きな瞳がシンを睨むように見ている。


「私たちは担任が変わることなんて聞いておりません。アネーロ先生はどうされたのでしょうか?体調を崩しておられると聞いていたのですけど」


「前任のアネーロ先生は体調が回復されず、しばらくは療養が必要とのことです。ですので私がその間あなた方の担任ということです。ご理解いただけましたか?」


 自分が担任になった理由を説明し、心の中で深い溜息をつく。


 ――そこまで嫌そうな顔されるのも傷つくな。


「……理由は分かりました。しかしそれなら担任らしく出席くらいは取られたらいかがでしょう?」


「今日は必要無いでしょう。このクラスは二十人で、今この教室には二十人います。つまり全員出席しているということでしょう」


「そんな理由で?先生はこれから担当する生徒の名前を覚えるつもりは無いと?」


「皆さんの顔も名前も憶えていますよ。――ティア=カンティアさん」


「――!?」


 突然自分の名前を呼ばれた少女――カンティア公爵家長女であるティア=カンティアは大きな目を更に大きく開いた。


「ああ、それと言い忘れてましたが、私はアネーロ先生の後任ですので、そのまま魔法学の授業を受け持たせてもらいます。今日は講義が無いようですので、また明日の朝お会いしましょう」


 そして再び歩き出そうとすると――


「待て待て!俺はまだ貴様を担任と認めたわけではないぞ!」


 教室の一番後ろの中央に座っていた男子生徒が大声で怒鳴った。

 こいつか。そう思いながらその男子生徒の方へと視線を向ける。


「ヘルマン=エバーハート君ですね。私は学園長から言われて担任になっています。別に君に認められるかどうかは関係ないですね」


 殺気すら含まれたヘルマンの視線を涼しい顔で受け流しながらそう返す。


「何を言っている!俺はエバーハートだぞ!学園長の許可など関係ない!」


 ヘルマン=エバーハート。

 エバーハート大公クレストの孫にあたり、アルフレットの長男である。

 長めの金髪をオールバックにしているのを見たシンは、あの家の家訓でそうするのが決まりなのかと思ってしまう。


「ここは学園です。あなたは生徒、私は教師。あなたがエバーハートだろうとヴァングラディウスだろうと関係ありません」


「貴様!!陛下まで愚弄するのか!!」


 激昂して席を立ち向かってくるヘルマン。

 しかしシンの言葉に怒りを覚えたのはヘルマンだけではなく、クラスの大多数の者がシンへと怒りの感情を向けていた。


「エバーハート大公家だけでなく皇帝陛下への侮辱!極刑になる覚悟は出来ているんだろうな!!いや、貴様だけではない!貴様がどこの田舎貴族か知らんが、家ごと取り潰して一族もろとも処刑台に送ってやる!」


 ヘルマンに続いて何人かの生徒が立ち上がり、その後に続くようにシンへと歩いてくる。


「校内での魔法の行使は校則で禁止されているはずですが?」


 詠唱こそしていないものの、それぞれが魔力を高めながら近づいてきている。


「貴様の今の言動は皇帝家への反逆の意思ありと判断する!ならば反逆者を討つのが我ら七大公家の務めよ!――ティア!こいつを逃がすな!」


 ヘルマンがシンから視線を外すことなくティアへ声をかけると、そう言われることを予想していたかのようにティアが即座にシンとヘルマンの周囲に結界魔法を展開させる。


「へえ……。これはなかなか綺麗な結界ですねえ。この術式は初めて見る」


 シンは張られた結界の術式を見ながら感心したような声を出す。


「カンティア家は代々帝都の結界を維持する家系だ。ティアはその歴代の中でも最高傑作と言われている」


「成程、あの結界を張っていた家の人でしたか。これは彼女のオリジナルですね」


 ゴブリン軍が侵攻してきた時に、シンが魔道具で強化した帝都の結界。

 あの時はイレギュラーな敵の攻撃に備えて強化したが、常時であれば十分に敵の侵攻を防げる代物であった。

 そして今シンとヘルマンを取り囲んでいる結界は、規模こそ小さいが、帝都に張られている結界よりも高度なものだった。


「魔法学を担当すると言っていた以上貴様も魔導士なのであろうが、この結界から逃げ出すことは出来んぞ!」


 ヘルマンが右手に魔力を集中させると、次第にその前に魔法陣が描き出されていく。


「しかしそれは君も同じなのでは?君もここから出られないでしょう?」


「何を言っている?これは貴様を捕らえる為の結界だ!俺は貴様の処罰を終えた後に出れば良いだけよ!」


 ヘルマンの魔法陣が完成する。


――火の魔法陣か。結界があるからって、結構派手なの撃つつもりだな。


「自分の愚かさを噛みしめながら死ね!!」


 ヘルマンがシンへ向けて魔法を放とうとした時――


「これは何の騒ぎですかな?」


 突然教室の扉が開き、一人の老人が入ってきた。

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