第4話 クレストの頼み

「まあ、そういうことを踏まえてのお話をさせていただきたいと思いまして、今日はご招待した次第なのですよ」


 クレストは、シンの受けた心のダメージなど気にすることなく話を続ける。


「キナミ殿は有象無象の貴族たちからの誘いを受けて困っていらっしゃいますね。そして私もそういった貴族たちが悲劇の道へと進むことを良しとしない。では解決策は一つです。当家と懇意にしているということにすれば良いのです。そうすれば、少なくとも他の大公家の派閥に属している者が簡単に声をかけてくることは出来なくなりますし、当家の関係貴族も当然何もしなくなるでしょう」


「それはユリウス陛下の力で何とかする事は出来ないんですか?」


「それは難しいでしょうね。他国の貴族と懇意にすること自体は何も悪いことではありませんし、それに陛下が口を出すことは貴族社会のルールに対しての抑圧とも取られかねません。それが例えキナミ殿に対してであったとしても、簡単にはまいりませんでしょうな」


「そういうものなのですか……」


「個人の感情だけで国を動かすことは出来ませんからな。特にこの帝国の皇帝ともなれば、その一言が他国にも影響を及ぼしかねません」


「なるほど、大国の皇帝といっても、何でも自由に出来るというわけじゃないんですねえ」


「そのようなことをする暴君であれば、我ら七大公家が黙っておりません」


 ここでシンに一つの疑問が浮かぶ。


「質問なんですが、大公家同士は仲が悪いという事ではないんですか?」


 これまでシンは、クレストが他の大公家を出し抜く形で声をかけてきているものだと考えていた。それはシンを味方に引き入れることによって、他家への牽制および優位性を保つ為なのだと。しかし今の話によれば、有事の際には協力することが当然だという風に聞こえる。


「それは何とも答え辛い質問ですなあ。正直皆が友好的な関係と言えるかと聞かれるならば、それは違うと申し上げる他ありません」


 クレストは苦笑いを浮かべながら、ワインの入ったグラスを口へと運ぶ。


「ご存じかと思いますが、このパルブライトという国の領地は、それぞれの分割地を七大公家が管理を任されております」


 ――すいません。ご存じありませんでした……。


「そして、その中の領地を更に分割して、そこの領主を侯爵以下の領主に任せているのですが、その領地が帝都より遠方の大公家の者とはあまり懇意ではない。というのが現状です。特に私の代になってからは、帝都に赴くことすら少なくなっておりまして、クロフト・ビスマルク・リヒテンシュタインの三家の者とは、私自身もここ十年ほど顔を合わせておりません」


 それは異常な事なのではないのかとシンは思う。

 国を支えるべき大公家の者同士が十年に渡って親交が途切れている。それで本当に国の有事に際して協力出来るのだろうかと。もしもその者たちに何か思うところがあっての行動なのだとしたら、それはかなりの問題なのではないだろうかと。


「ああ、キナミ殿の考えてるような大事ではありませんよ。元々我ら大公家同士が顔を合わすという事自体が少ないのです。それは昔からの暗黙のルールのようなものでして、大公家同士の婚姻や過剰な交際は禁止されているのです。それは特定の家が力を持ちすぎないようにとの事なのですよ」


「それは分かりますが、それにしても会わなさすぎでは?ある程度のコミュニケーションは必要だと思いますけど」



 完全に親交が途絶えてしまっては、それこそ本末転倒というもの。それではもしもの時に困るのではないかと思ってしまう。


「それを言われると頭が痛いですな……。私も彼らが帝都に来た際には手紙を届けて会えないかとは言っているのですが……」


 何かに理由をつけて断られてしまうのだと言って、クレストは残っていたワインを一気に飲み干した。


「まあ、何となく事情は理解しました。それで私はここでこうやって話をしているだけで良いんですか?」


 エバーハート家を特別視するつもりはないが、それで煩わしい誘いの手紙が来なくなるのであれば安いものだとシンは思っていた。


「その事なのですが……実は一つお願いがございまして。これまでいろいろと話してまいりましたが、こちらが今日の本題なのです……」


 そう話し出した途端に、それまでの毅然とした態度は鳴りを潜め、背中を丸めて前かがみとなるクレスト。

 それを見たシンは、どうにも厄介事を頼まれそうだという予感がした。




 シンは目の前にある扉に手を当てる。

 そして一つ大きく深呼吸をすると、覚悟を決めて扉を押し開けた。

 扉が開くと同時に、それまでザワザワしていた室内が一瞬で水を打ったかのように静まり返る。

 机が何段にも並んでいる円形の室内には二十名ほどの学生が座っており、ゆっくりと教壇へと向かって歩くシンに訝しむような視線を送っている。

 シンはその視線の理由が分かっている為、それを無視して教壇に立つ。

 室内を見回し、溜息をつきそうな気持ちをギリギリのところで抑えながら――


「えー、今日から皆さんの担任になりました、シンと言います。よろしくお願いします」


 そして教室内に騒めきが起こった。



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