第2話 エバーハート大公家の夜会

 豪華なシャンデリアの明りに照らし出された広いホール。

 そこには煌びやかな装飾品のほどこされた美しいドレスに身を包んだ女性たちと、家紋の入ったバッチの付いた立派なスーツを着た貴族の男たち。そして成人前と思われる若い男女が数名。

 彼らは手に果実酒の様なものの入ったグラスを手に、それぞれに分かれて談笑していた。


 ホール入り口の扉が開く。

 その気配に会話を止め、ホールに居た全員の視線がそちらに集中する。


「キナミロバリーハート栄誉貴族爵様がお越しになられました」


 扉から入ってきた執事風の男がそう言うと、その扉は両側に大きく開かれた。


 そこに立っていたのは蝶ネクタイにタキシード姿のシンとロイド。そして襟元に虹色の蝶のブローチの付いた黒のドレスに身を包んだジャンヌ。

 その場にいた派手やかな衣装の者たちの目には、ほぼ黒で統一した三人の姿は一種異様なものに映った。


「さすがに立派な屋敷だね」


 ホール内を見回してのシンの最初の感想がそれだった。


「どうして僕がここに……」


 ホール内に入る前から、むしろ屋敷を出る時から数えて何度目かのロイドの吐露した気持ちがそれだった。


「ちゃんと背筋を伸ばして、顔を下げない。おどおどしない。びくびくしない。しっかりしてくださいよ。


 そんなロイドにぎりぎり聞こえるくらいの小声で注意するジャンヌ。

 彼女だけは視線を正面から逸らすことなく、シンが歩いていく速度に合わせて、その後ろを凛とした姿勢で付いていった


 そんな三人に、談笑をしていた者の中から、白のタキシード姿の二人の男が近づいていく。


「キナミ閣下、ようこそおいでくださいました。私が当エバーハート家の当主のクレスト=フォン=エバーハートと申します。こちらが息子のアルフレットです」


 初老の金髪の男がシンにそう挨拶をする。


「アルフレットです。アルフとお呼びください閣下」


 隣のクレストよりも若干背の高い男も、そう言ってシンに挨拶をした。

 どちらも短めの金髪をオールバックにしており、その整った顔も相まってか、精悍な印象を与える人物である。


「どうも、キナミ=シンです。こちらが息子のロイドと、娘のジャンヌです」


「ど、どうも、ロイドです」


「ジャンヌと申します」


「今日はお招きいただきましてありがとうございます」


 シンがクレストに社交辞令的な挨拶をすると、クレストは苦笑いを浮かべた。


「どうかしましたか?」


 シンがその様子を不審がって尋ねると――


「ああ、いえ、失礼しました。英雄殿が噂通りの方だと思ったのですよ」


「噂、ですか」


「閣下は誰を相手でも媚びず飾らず、かといって力や権力を傘に威圧的な態度をとるような事もない、と。正直こうしてお会いするまでは信じられませんでしたからな」


 クレストはそう言ってアルフレットの方を見ると、アルフレットもそれに同意するように頷いた。


「あの、まだ挨拶しかしてませんけど?あと、閣下というのは止めてもらえると助かります」


 それだけで分かるものなのだろうかとシンは考える。


「ええ。その反応だけでも分かりますよ。ここは帝国大公家の夜会であり、私はその当主。それを前にして平然と挨拶されているということがどういうことなのか、ということです。後ろのご子息も含めてですが」


 そう言われても合点がいかず、後ろのロイドとジャンヌを振り返ったが、二人ともシンと同じような反応をしていた。


「閣下――キナミ殿は少し前までは平民だったとお聞きしております。そして養子となったご子息のお二人も。平民が騎士爵などを得て貴族の仲間入りをしたといっても、普通ならば腰が引けてしまうものなのですよ」


「そう、かもしれないですね」


「しかし貴方からそのような感じは全く受けません。かといって見下しているわけでもなく、まるで階級など関係なく接しているように思えます。ロイド殿は若干落ち着かない様子ですが、ご年齢と初めての夜会ということを考えれば当然の反応ですし、ジャンヌ嬢にいたっては、元々上級貴族のご令嬢だったのではと思うほどの立ち振る舞い。先ほど噂通りと申し上げましたが、これは予想を上回っておりましたな」


 ――これは、褒められている……んだよね?


「こないだまで平民だった者と対等な会話をすることに大公閣下はご不快ではないのですか?」


「私の事もクレストとお呼びください。不快だなどと思うはずもありません。まあ、世間の貴族の印象はそんなものでしょうが、少なくとも私は才ある者には相応しい地位に就くべきであると考えておりますからな。それこそキナミ殿ならば王座を望んでも罰は当たりますまい。それだけの才を持っておられると考えております」


「王の座なんていらないですよ。何なら貴族であることにも執着してませんからね」


 シンは自分を褒めたたえるクレストが、その笑っている目の奥でこちらの反応を伺っているのを感じとっていた。


「なるほど、本当に欲がないのですなあ。しかしそれは逆に周囲に警戒心を与えることにも繋がりますので、あまり余所では口にしないことをお勧めしますぞ」


 国や権力に縛られないということは、誰の言いなりにもならないということ。

 そして、シンのように力を持つ者が、誰が相手であっても敵になる可能性があるという危険性。それはそれまでの身内であったとしても、明日も味方だとは限らないのでは?と考えることに繋がるぞという忠告であった。


「確かに……そうですね。ご忠告ありがとうございます」


 そういってシンはクレストに礼を言って頭を下げた。


「まあ、ここでの長話を何ですので、よろしければあちらでゆっくりと話ませんか?」


 クレストは部屋の奥にある、ソファーの向かい合ったテーブル席へ視線を送る。

 何故かその周辺には他の貴族の者は誰もおらず、むしろ距離を置いているようにも感じる。


「そう、ですね。分かりました」


 最初からそのつもりで用意していた席であることを理解したシン。

 どうせ何かの話をされるのは分かっているのだから、それなら面倒事は早めに片づけてしまおうと考えた。


「では、ロイド殿とジャンヌ嬢は私がお相手いたします」


 アルフレットはそう言って、二人へ人の好さそうな笑顔を向けた。


「ちょっとクレストさんと話してくるから、二人はアルフさんと一緒にご飯でも食べてて」


「お義父様、ここは町の食堂ではございませんよ」


 ジャンヌが軽い口調のシンをたしなめる。


「お腹空いてない?それなら――」


「私は空いておりませんが、お義兄様が空いているようですので行ってまいります。アルフ様、よろしくお願いいたします」


「あ、ああ。じゃあ、行こうか」


 シンとジャンヌのやり取りに苦笑しながら、アルフレットは二人を料理の置いてあるテーブルへと連れていった。


「良いご子息に恵まれましたな」


 離れていく三人の後姿を見つめながらクレストがそう言った。


「でしょう?自慢の子供たちですよ」


 ――テセウスと同じような顔をしておるな。


 笑顔でそう返したシンを見て、そこにユリウスの父である前皇帝テセウスの若い頃を思い出すクレスタだった。



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