第4章:ヴィクトル学園編

第1話 貴族としての責任

 ゴブリンキングとの戦いが終わってしばらく経ち、季節は冬を迎えようとしていた。

 シンにとってはこの世界に来て二回目の冬。この一年半ほど間に、バイアル大陸では様々な事件が起こり、兵士や市民に多くの被害が出た。

 それでもパルブライト帝国が中心となって各国が協力することで、少しずつではあるが、着実に復興への道を進んでいた。

 そんな中で最も大きく状況が変化したのはシンとその家族で間違いはないだろう。


「旦那様。シュヴァリエ侯爵家より手紙が届いております」


 執事のフルークが自室にいたシンの下へ手紙を届けにきた。

 それを見たシンは「またか」という顔をして溜息をつく。


「どうせまた夜会のお誘いとかでしょ?今週だけで何件目だよ……」


 シンは手紙を受け取りながら、机の上に積まれている他の貴族家から来ていた手紙に目をやった。


「旦那様がロバリーハートの貴族であるということが公になりましたし、ほとんどの貴族の方は旦那様が先の戦いでどのような活躍をされていたか知っておられますから。少しでもお近づきになりたいのでしょう」


「はあ……。こんなことなら名誉貴族爵なんて突っぱねたら良かったよ」


「その場合は、帝国から同じような爵位を強引に渡されていたでしょうから、結局は同じ事かと存じます」


「ロバリーハートの貴族って方が、大国の帝国の貴族よりは平和ってことかな……」


「ご子息の方々のことを考えれば、その方が安心なのでは無いですか?」


「そうだね。その気も無いのに権力争いとかに巻き込まれる方が可哀そうだ。それに子供たちのことを考えたら、嫌がって逃げ回るわけにはいかないしね」


 やれやれといった風のシンを見て、フルークは内心でほくそ笑む。

 無双の強さを誇るシンであっても、こういう人間関係は苦手なのだと思うと、不敬ながらも可愛らしく思えてしまう。

 最悪、強引に脅してでも断ることが可能なのだから。

 しかしそれを実行しないのがシンであり、自分の仕える主人なのだとフルークは誇らしくもあった。


「全部断るわけにはいかないよね?」


「旦那様は他国の貴族という立場でございますので、断ろうと思えば可能ではありますが」


「ダミスターさんたちの名前を背負っての行動と思われると迷惑がかかりそう」


「そのように思われる方も、中にはいらっしゃるかもしれません」


「だとすると、面倒だけど全部に顔を出す方が無難なんだろうね」


「旦那様、一つだけほとんどのお誘いをお断り出来る方法がございますが」


 フルークは少し考えた後、迷いのある口調でそう言った。


「昨日届いていたエバーハート公爵家の夜会にご出席することでございます」


「公爵家の?」


「はい。そちらに出席することを他の貴族家の方にお伝えすれば、ほとんどの方は納得して引き下がられることと存じます」


 このパルブライト帝国には七公爵家と呼ばれる貴族家がある。

 エバーハート、ヴァルトブルク、シュタイン、モルトケ、リヒテンシュタイン、ビスマルク、クロフト。

 かつて帝国を建国した初代皇帝の子孫が興した貴族家であり、代々続くその血筋は、他国の王弟が興す公爵家とは毛色の異なる名門の貴族家であった。


「それはどういうこと?そもそも、あの手紙を受け取るまで、帝国に公爵家があることも知らなかったんだけど」


「初代皇帝フランツ=カイザー=ヴァングラディウス様のご子息の興された家でございまして、その権力――おっと、ご威光は皇帝陛下とも並ばれるとのこと。その方の夜会にご出席されたとなれば、他の貴族家の方も無理にはお声をかけてこられなくなるかと存じます。ただ……」


「ただ?」


「噂に聞く所によりますと、公爵閣下はどの方も一癖も二癖もあるお方だとか……」


「めんどくさそうな人ってこと?」


「ざっと言ってしまえば……」


「そんなとこにジャンヌとロイドを連れていくの?」


「旦那様のご子息であることを他の貴族の方にアピールしておけば、余計な問題ごとが起こる機会も減るかと」


「代わりの問題が起こりそうだけど……」


「相手側の被害の程度が違うのではないかと存じます。少なくとも大公閣下の派閥の貴族の方は、旦那様のご家族に荒っぽいことをしでかすような馬鹿――考えの足りない方はいらっしゃらないかと」


「それ、フォローになってないよ……」


「しかし、他の貴族の方の誘いを無下に断ってしまうと、それを根に持って、という方が現れないとも限りません。旦那様のいらっしゃらない時に、万が一にでもロイド様やジャンヌお嬢様によからぬことをと……」


「ああ、それで相手側の被害が、ね」


「貴族に対する、それが皇帝陛下の庇護下にある他国の貴族のご家族に対する、誘拐、傷害、暗殺未遂などということになりましたら、領地没収の上、一族揃って極刑となるのは間違いございません」


「フルークさん。そこにはロイドたちの身の心配が含まれてないようですけど……」


 心配しているのは手を出してきた哀れな貴族家の末路についてだけの様に聞こえる。


「とんでもございません。当然心配しておりますよ。あのお歳で誤って人を手にかけてしまったとしたら、それこそお心に大きな傷を負いかねませんので。ですから、そうならないように頭を押さえ――力のある方の信頼を得ておくことが大事かと存じます」


「フルークさん……さっきからわざと面白くしようとしてるよね?」


 シンはそう言いながら、それまでの肩の力が抜けていくのを感じた。


「少なくともこの王都内において、ご子息の皆様に害が及ぶようなことは起こらないと考えておりますので」


 フルークはそう言うと、その小じわの入った目尻を下げて微笑んだ。


「まあね。下の三人は外出する時にはフェルトがついて行ってくれているし、ロイドとジャンヌは冒険者登録も済ませていて、それなりに強さも名前も売れているから大丈夫だとは思うよ。それにジャンヌは何故か裏社会の人たちからも敬遠されているみたいだし……」


「それもジャンヌお嬢様のお人柄故かと存じます」


「絶対に違うと思うけど……」


 ジャンヌが屋敷を抜け出した日。当然シンはその行方については把握していたのだが、そこで何があったかまでは知らなかったし、戻ってきて養子の件を強い力の宿った目で伝えられたことで、あえて聞くようなことはしなかった。ただ分かっていたことは、そこではジャンヌの身に危険が及ぶようなことはということだけだった。


「まあ、フルークさんの提案を受け入れようかな。裏で何を考えているのか分からない人の方が苦手だけど、最悪ロバリーハートに帰れば良いだけの方が平和的なのかもね。あそこに手を出したら一族郎党処刑されるぞ、何て言われるよりはマシか。でも強硬策に出るようならちゃんと痛い目にはあってもらうけど」


「ロバリーハートに戻られる際は当然私どももご一緒致しますので。皆いつでも屋敷を出られるよう荷物の整理をする旨を伝えておきます」


「問題が起こる前提!?」


「まあ、どちらを選んだとしても、少なからず何かは起こりましょう?」


「出来れば、子供たちが成人するまでは平穏な生活が望ましいんだけど……」


「そうなりますよう、私どもも精一杯尽くさせていただきます」


 フルークはそう言うと、芝居がかった動きで仰々しく頭を下げた。


「はあ、本当にフルークさんがうちに来てくれてありがたいよ……」


「この身に余るお言葉でございます」


 こうして帝国七大公家の一つ、エバーハート大公家の夜会に出席することが決まったのだった。




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いつも『召喚された元異世界転生魔王さま』をお読みいただきましてありがとうございます。

第4章は、これまでよりも平和な日常的パートになっております。

多分……なるはずです。

そして、これまでサブタイトルが無かったのですが、作者本人も分かり辛いということで、今更ながら付けていくことにしました(;^ω^)

これまでの部分も、少しずつ改稿していく予定にしております。

今後とも『元まお』をよろしくお願いいたします♪

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