王太子の幼き友人 2

 ロットは自分でそう言ってから後悔した。


「……どう凄いの?」


 案の定というか、そもそもハーツはその内容を聞いてきているのだから、そう帰ってくるのは当然である。

 どうせなら一流の魔導士だとか何とか言った方が誤魔化せたかもしれない。


 ――いや、まだ間に合うはずだ。


「シン様は一流の魔導士で、その作った魔道具のお陰で先のゴブリンたちとの戦いに勝利することが出来たんだ。だから私たちは敬意を込めてシン様と呼んでるんだ」


「へえ。何百万ものゴブリンたちに勝つことの出来る魔道具かあ。それを作れるってことは凄い魔導士なんだね」


 ――よし!


「でも、それでも様付けして呼ぶのは変じゃない?宰相のシリウスさんだって凄い魔導士だったけど、ロット様はシリウスって呼び捨てにしてたでしょ?いくら凄い魔導士だからって、冒険者の人をいきなり様付けするのはおかしいよ」


 ――確かに!!それはそう!!いや、それを言ってしまえば、どう説明しても王太子の自分が様付けで呼ぶ理由がない!!


「もしかして……その人は他国の王族の人なの?それでその人の王家に伝わる魔道具を持って来てくれたとか」


「いや、それは違う」


 ロットはハーツの言葉を即座に否定した。

 シンはロバリーハートの恩人であり、自分の憧れの師でもあるという気持ちから、反射的に言ってしまった。

 そしてすぐに後悔する。


「じゃあ何で?」


 今だけでも、それっぽいことを匂わせて誤魔化せば良かったのだと思った。


「それは……だな……」


――コンコンコンコン。


 ロットが言い淀んでいると、それを救うかのようにドアがノックされた。


「――入れ」


 誰かは分からないが、これで話が逸れることになればという期待を込めて返事をする。


「失礼いたします」


 そう言って入って来たのはメイドのエルティナ、そしてその後ろにはノーラの姿があった。

 ロットはノーラの姿を見て僅かに緊張する。


「二人ともどうした?」


「どうしたと言われましても。殿下、そろそろ午後の勉強の時間ですので」


「……もうそんな時間か。だが今日は客が来ておるのだ。なので休みに――」


「殿下」


「――するなどということはしないが、あと少しだけ構わん……だろう……か?」


 最後は消え入るような声でそう話すロットは、ハーツの目には普通の少年にしか見えなかった。


「ディヴァイン伯爵家のハーツ様でございますね。私、シリウス様の後を継いで魔導士団長を務めさせていただいておりますノーラ=ダンブレンドと申します」


 ノーラが丁寧に挨拶をすると、それまで二人のやりとりを眺めていたハーツがはっと座っていた椅子から飛び上がるように立ち上がった。


「これは失礼をいたしました。私はディヴァイン伯爵家三男のハーツ=ディヴァインです。ノーラ様のことは兄から聞き及んでおります」


 ハーツは少し早口になりながらも、何とかそう返答することが出来た。

 先ほどからロットと気楽に話していたため、つい貴族としての対応を忘れてしまっていた。


「ステュアート様から?それはどのような内容か、気になりますね」


 ノーラのその言葉に、全身を凍り付かせるような寒気が走ったハーツ。


 ――聞いていたことを素直に話したら、兄さん共々生きて城を出ることが出来ないかもしれない……。


「まあ、それは後々聞くことにして――」


 ――兄さんだけでも先に逃げて!!


「エルティナさんも殿下に用事があるということでしたので一緒に伺ったのです」


 ノーラがそれまでの様子をおかしそうに眺めていたエルティナへと視線を向ける。


「ああそうでした。殿下にお手紙が届いておりましたのでお届けに参りました」


「手紙?私にか?」


「はい。パルブライト帝国におられる、キナミ=シン名誉貴族爵様からのお手紙です」


「何!?シン様から!?」


 驚きと喜びでつい叫んでしまったロットだったが、次の瞬間に自分の過ちに気付いて硬直する。

 そしてゆっくりと、首だけを、ぎりぎりと音がしそうな動きで、気付いてないことを祈りながら……ハーツを見た。


「名誉貴族爵……キナミ=シン様……パルブライト帝国……」


 床の絨毯に視線を落としてぶつぶつと呟いているハーツ。


「やはりシン様というのは帝国の貴族の方なんですね!」


「違う!シン様はロバリーハートの名誉貴族だ!!――あっ……」


 しまったという顔で口を押さえるロット。


「あの……私、何かまずいことをしてしまいましたか?」


「いえいえ、エルティナさんは何も悪くないですよ」


 全てを察したノーラがニヤニヤした顔でエルティナにそう言った。


「ハーツよ!今聞いたことは国の重要機密だ!全て忘れろ!な!な!」


「――ロット様」


「な、なんだ」


「確か、ジャスティン様とリビチェラ様は、帝国にある学園に通われていましたよね」


 ジャスティンとリビチェラはロットの二つ下の双子の兄妹きょうだいで、二年前からパルブライト帝国にある、帝立ヴィクトル学園初等部に通っている。

 各国から貴族や王族の子息や厳しい試験を突破した平民の子供たちが多く通う、文武両道を掲げている大陸随一の名門校。


「そうだが……それがどうした」


 そう返したロットだったが、何となくハーツが何を考えているのか分かった気がしていた。


「シン様という方に私も興味が湧いてきました。次の春から私もヴィクトル学園に通います!」


 目をキラキラさせながらそう宣言するハーツを見て、ロットは額に手を当てて天を見上げた。


 ――それを本当に言いたいのは私の方なのだ!!


 もうすぐシンがこの世界に来て二度目の冬が来る。

 その冬を越えて春になれば、ヴィクトル学園の新学期が始まる。



 そして次はそのヴィクトル学園が物語の舞台となるのだった。




―― 元まお外伝 王太子の幼き友人 完 ――



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