王太子の幼き友人 1

――コンコンコンコン。


「――入れ」


 部屋のドアがノックされ、そう返事をすると部屋の前に控えていた騎士が「失礼いたします」と断ってからドアを開けた。


「殿下。ハーツ様がお見えになりました」


「ロットスター殿下、ご無沙汰いたしております」


 騎士の後ろから栗色の髪をした少年が姿を現す。


「おお、ハーツ。待っておったぞ。久しいな、元気であったか」


 ロットは席を立つと少年を中に招き入れ、騎士は再び外の見張りへと戻っていった。


「はい。殿下にお会いするのは一年ぶりとなりますが、お元気そうで何よりでございます」


「ディヴァイン卿は陛下のところか?」


「はい。兄は陛下に先の件の報告に参上しております」


「今は私とお前しかおらぬのだ、これまでのように話すが良いぞ」


「それは殿下も同じではございませんか?先ほどから背筋がむず痒くて仕方ございません」


「……慣れないことするもんじゃないな」


「だよねえ」


 そう言って顔を見合わせて二人は笑いあった。


 ハーツ=ディヴァイン。

 ディヴァイン伯爵家の三男であり、ロットスターとは幼い頃からの馴染みである。

 歳はロットの二つ下の十二歳。

 堅苦しい貴族社会において、ロットが唯一といって良い程に気楽に話すことの出来る相手であった。


「殿下はゴブリンの大群見たの?」


「いいや、今回も城から出るなと言われて見れなかった……」


「そっかあ、僕も城に残ってたから見てないよ」


「そりゃあハーツはまだ戦場に出るわけにはいかないからな」


「分かってるけど……僕だってロメロ兄さんについていって直接見たかったよ」


 ゴブリンの大群がロバリーハートの王都ジルオールを襲った時、王都より遠く、ファーディナントとの国境に近い場所に領地を持つディヴァイン伯爵の部隊がその戦いに参加することはなかった。

 しかし、軍の一部を率いてディヴァイン家次男のロメロがジルオール防衛戦に参加していた。

 今回ディヴァイン伯爵である、ロメロとハーツの兄のステュアートは、ロメロの隊の被害状況と、自領での状況を報告する為に登城していた。


「奴らが攻めてきたのはここだけだったようだから、諸侯のほとんどの者は見てないだろうな」


「ロメロ兄さんも詳しくは教えてくれないんだ……」


「私もあまり詳しくは知らないな」


「王太子なのに教えてくれないの?」


「ランバートからは少し聞いたけど、まだ戦後処理でみんな忙しいからな」


「そっかあ。凄い数のゴブリンだって聞いたから興味あるのになあ」


「こら、あまり不謹慎な事を言うもんじゃないぞ。今回の戦で少なからずの犠牲が出ているんだからな」


「それは……分かってるけど……」


 ロットに咎めるように言われて口を尖らせるハーツ。

 それを見て、前にシンにドラゴンの話を聞いていた時の自分を思い出して苦笑した。


「ゴブリンの数は数百万にのぼったという話だ」


「数百万!?そんなに多かったの!?」


「ああ、しかしシン様の魔道具とアッピアデスの応援のお陰で事なきを得た。そうじゃなかったら、今頃この国は無くなってたと思う」


 そう話ながらも、ロット自身も数百万のゴブリンの大群というのを理解していたわけではなかった。

 おそらくは見渡す限り、地平の彼方まで埋め尽くされていたのだろうというくらいの認識。


「シン様……。ステュアート兄さんも前にその人の事を言ってたけど、その人ってただの冒険者なんでしょ?どうして伯爵の兄さんや、王太子のロット様までそんな呼び方をするの?」


 シンはロバリーハートにおいて、他国でいうところの大公よりも上の名誉貴族爵という立場にあったので、伯爵であるスチュアートがそう呼ぶのはおかしいことではない。

 しかし、その事を知っているのは父王であるダミスターとロット。後は宰相クラスの数名のみであった。

 それはシン本人が公にすることを拒んでいることと、ダミスターもその事でシンを国に縛り付けることが目的ではなく、あくまでもシンが他国へ行った時に自分たちがその身元の保証人になるという意思を示す為のものであったからだ。

 まあ、ファーディナントとの戦争、ユーノス大公の反乱と続いた状態の国内状況では、シンに対して他に報いるものが無かったということもあるが……。

 そして、一番の要因である。シンが異世界から来た魔王だということは気軽に話して良いことではない。

 ダミスターはギルドに対しては伝えているが、それはギルド上層部が秘守義務を貴ぶ組織であることを知っていて、なおかつ半分は信じないだろうという前提であった。


 では、自分やスチュアートが何故シン様と呼んでいるのかをどう説明すれば良いのかとロットは考える。

 自分はシンの活躍を目の前に見ている。そしてその過去すらも聞いている。崇拝にも近い尊敬の念を持っているし、短い時間ではあったが直接剣の指導も受けている。

 そしてスチュアートはリナン平原の戦いの際にシンの力を見て、戦争を終結させるほどの常識を超えた現象を直接体験している。

 あの場にいた両軍の将兵たちは――シンの予想外の行動に驚き、圧倒的な力に畏怖し、救われたことに感謝した。そんな様々な感情を抱きながらも、誰一人として敵対しようなどとは考えなかった。

 彼らの抱いた感情の奥底には、神や悪魔などの人類の常識の範囲外に住むものに対してと同じ感情があった。


――さて、どう説明したものか。


 二人の少年は、お互いが全く違う悩みで顔をしかめていた。


「シン様は……とにかく凄い人なんだ!」



 悩んだ末に考えることを放棄したロットであった。



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