ジャンヌの葛藤 7

 高速でジャンヌに向かって放たれた槍先。

 それを半歩身体をずらして躱すと、そのまま槍を掴んだジャンヌ。

 そしてそれを脇に抱えるようにして身体を回転させると、テコの原理で男は持っていた槍を手放す暇もなく吹き飛ばされ、飛んできた男を避けることも出来ずに激突した男と共に意識を失った。


 手元に残った槍を興味無さげに投げ捨てるジャンヌ。

 そして何事も無かったかのように残った男たちに向かって立っていた。


 僅かにざわめく男たち。

 しかしその視線はジャンヌから外すことは無かった。

 それはジャンヌをはっきりと敵として認識した瞬間。

 全力をもって排除すべき障害であると認識した瞬間。


 じりじりと包囲網を狭めていく男たち。

 その間も動かずにいるジャンヌ。


 その距離が三メートル程となった時、背後で剣を構えていた男が踏み込もうとした。

 そしてその気配を感じ取った両隣の男も同時に踏み込む。


 その瞬間、視界からジャンヌの姿は消え、男は強烈な腹部への衝撃と共に意識を失い、遥か彼方へと姿を消した。



 背後から攻撃の気配を感じたジャンヌは、その男の懐に踏み込み、そのまま腹部へ強烈な掌打を放つ。

 そしてその隣にいた男に蹴りを放つと、更に隣にいた男を巻き込みながら吹き飛んでいった。


 一瞬にして三人、いや、五人の男たちを倒したジャンヌは、残った男たちへと振り向く。

 スカートの裾がふわりと揺れ、表情一つ変えずに立つ可憐な少女の姿は、かえって男たちに恐怖を与えた。


「この店に今後手を出さないというのなら見逃しましょう」


 リビアンは信じられなかった。ジャンヌのその堂々とした態度に、先ほどまでの消えてしまいそうな弱弱しい少女の姿はどこにも無かった。


「……こっちも仕事なんでな。それは飲めねえなあ」


「そうですか……」


 何かを覚悟したかのように表情を少し引き締めるジャンヌ。

 そして足下に落ちてあった剣を拾い上げ、正面に構えた。

 ジャンヌは剣を使ったことどころか持ったのも初めてで、その構えはロイドやフェルトの見様見真似のお粗末なものであった。

 しかし、男たちの全身を言葉に出来ない嫌な寒気が走った。


「では――」


「待ちな!!」


 その場に響く女の声。

 それはジャンヌの正面の男の背後から聞こえた。


 ゆっくりと歩き、男たちの前に出てきた一人の女。

 黒のドレスに身を包み、長い黒髪の若い女。

 男たちは女の出現にざわついていた。


「姐さん……」


「お前たち!武器を下ろしな!」


「え……」


「良いから早く下ろせ!死にたいのかい!!」


 その緊迫した物言いに、男たちはしぶしぶといった顔で構えを解いた。


「お嬢ちゃん、あんたシンて人のとこの子だね?」


「シン……まさか、皇帝と直接会って褒美を貰ったっていう冒険者か?」


 男たちはその名前を聞き、帝国の英雄とまで噂される男のことを想像した。


「……あなたは?」


「あたしはこいつらを仕切ってるサヴィーナってもんさ。こいつらが手荒な真似をしてすまなかったねえ。ああ、そんなに警戒しないでくれるかい?あたしは別に何もしやしないよ。ねえ、都合の良いことを言っているのは分かってるんだけどさあ。今回の件はここで手打ちにしてやもらえないかい?」


「姐さん!」


「今後一切、そこの店に手を出さないって誓うよ。それに迷惑かけた謝礼も後日きちんとする。それでどうさね?」


「何を!?それじゃあ依頼が――」


「依頼主にはあたしから話をつけておくよ。あいつらだって命は惜しいだろうさ」


「……その言葉を信じろと?」


「出来れば信用してもらいたいねえ。あたしらだって、あんたやアノ化物を相手にしたくはないからねえ」


「……リビアンさん。どうしましょう?」


 ジャンヌは店先で呆然と立ち尽くしていたリビアンに意見を求めた。


「私は……この店にちょっかいをかけてこないっていうなら、それで構わないよ」


「ああ、それは約束するよ。こいつらにも絶対に何もさせやしない」


 リビアンはその言葉を聞いて、ジャンヌに向かって頷き、了承の意思を示す合図を送った。


「分かりました。ではその言葉を信用しましょう。


「……ああ、それでいいさ。お前たち!倒れてる奴を拾ってさっさと引き上げるよ!」


 サヴィーナは男たちに合図を送ると、それ以上は何も言わずに振り返って歩き出した。


「姐さん……本当に良いんですかい?」


 男の一人がサヴィーナに近づき、小声でそう言った。


「あの子が力任せに剣なんて振ってみろ。お前たち程度じゃあ、受けることも出来ずに真っ二つにされちまうよ。まあ、お前が死にたいのなら止めはしないよ?」


「い、いや……」


 その時、男は先程感じた寒気の正体に気付いた。

 それは恐怖。

 皆目麗しい少女から感じるはずが無いと無意識に除外していたもの。


「それに皇帝のお気に入りに手を出したなんて知れたら――」


「わ、分かりましたよ!絶対に馬鹿な真似はしやしませんて!」


 ――そうじゃなくても、あの子相手じゃ何も出来やしないだろうけどねえ。


 サヴィーナはお腹の辺りに手をやる。


 ――ちっ!あの顔を見てると、この辺りがズキズキするよ……。

 ――あの時は手加減されてたんだねえ……。


 サヴィーナは先程のジャンヌを思い出してゾッとする。そして、今更ながらに全身から汗が噴き出していたことに気付いた。



「あなた、本当に何者なの?」


 リビアンはジャンヌの顔を見つめる。


「リビアンさん。本当にお世話になりました。あなたのお陰で決心がつきました」


 ジャンヌの表情はどこかすっきりとしたような、何かがふっきれたような顔をしていた。


「――そうかい。よく分からないけど、それなら良かったよ。それに私の方こそ助けてもらってありがとうね」


「じゃあ、私は帰ります。また会いに来ますね」


「ああ、いつでもおいで。あんただったら一人でも平気そうだからね」


 ジャンヌはリビアンに一礼すると、振り返ることなく歩き出した。

 それはのある方向。


 ――今の自分じゃ駄目だ。もっといろいろと努力しないといけない。

 ――それはこれからの自分の為に。

 ――憧れに少しでも近づく為に。

 ――だからこれは自分への決意表明だ。


「ああ……そういや、結局最後まで名前を聞けなかったねえ……。まあ、次に会った時で良いか」


 ――私はジャンヌ。これからはジャンヌ=キナミとして生きていく。


 ――いつかその名に恥じない者になることを目指して。



 ――そしていつか、この想いが届くことを信じて。




―― 元まお外伝 ジャンヌの葛藤 完 ――


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