ジャンヌの葛藤 6

「あんた……動くなって言ったのに……」


「よく見ると中々の上玉じゃねえか?どこで拾ってきたんだ?」


 男はいやらしい目でジャンヌを見て、近づこうと歩き出す。


「この子はうちとは関係ない!!それ以上近づくんじゃないよ!!」


 リビアンは男とジャンヌの間に立って威嚇する。


「関係ない?そんな風には見えねえけどなあ?」


「リビアンさん、この人たちは?」


「――っ!!あんた出てくんじゃないよ!!」


 ジャンヌは店の中へと出てきて、リビアンの背中の位置まで近づいてきた。


「へえ、小せえのに度胸あるじゃねえか?」


 男は面白そうにジャンヌを見る。


「こいつらはこの辺りにいるチンピラさ!」


「おいおい、チンピラとは酷い言い草じゃねえか」


「チンピラが気に食わないなら、クソみたいな女に尻尾を振る駄犬ね!!」


「てめえ――」


「良いのかしら?すぐに騒ぎを聞きつけた憲兵がここに来るわよ?これ以上騒ぎを起こしたら、あんたたちだって、あの女だってただじゃ済まないんじゃないの?」


 今にも殴りかかりそうだった男は、リビアンの言葉で動きを止める。

 気丈に振舞っているリビアンも、内心では早く憲兵が来ることを願っていた。


「来ねえよ」


「――え?」


「憲兵なんて来ねえし、誰も騒ぎを通報なんてしねえよ」


 男はにやりと笑い、腰の剣に手をかけた。




 リビアンの店を囲むように立っている男たち。

 ある者は剣を腰に差し、ある者は槍を手にしている。

 それは騒ぎを聞いて駆けつけた憲兵などではなく、その容姿からも店の中にいる男たちの仲間と思われた。


 すでに近隣の店の従業員と客は追い出され、多少店内で騒ぎが起ころうとも通報する者はいないだろう。

 そして、ここを担当する憲兵たちはすでに買収が済んでいる。

 男たちは何の心配もなく、万が一のリビアンの逃走に備えて待機しているに過ぎなかった。


 楽な仕事だ。

 その中の誰かがそう言った時、店の扉が大きな音を立てて開かれた。


 そして文字通りに飛び出してくる人影。

 最初の一人は宙を舞ったまま正面の建物の壁に激突し、次の一人は激しく回転しながら最初の一人に激突。

 最後の一人は何度も地面に弾みながら、やはり最初の一人と同じ場所まで転がっていった。


「お、おい!」


 飛んできた人影を躱した男が声をかける。

 そしてその三人が店内に入った男たちであることを確認すると、男たちを放置したままで手に持った槍を店に向かって構えた。

 それに反応するように戦闘態勢をとる他の者たち。

 彼らは元冒険者であり、この一瞬でイレギュラーな事態が起こったことを感じとっていた。


 場に緊張が走る。

 楽な仕事だと思っていた男も、手に持った剣に力を込めて店の入り口に意識を集中する。

 しかしその中から現れたのは、一人の少女だった。


 長く美しいブロンドに、白と赤を基調とした派手ではないが高級そうなドレスに身を包んだ少女が、ゆっくりとした歩調で店から出てきた。

 男たちの緊張が一瞬ほぐれる。


「あなたたちも、この人たちの仲間ですか?」


 周囲を見回しながら、凛とした声が男たちに向けられた。


「この人たちは店で暴れた上に剣を抜き、店主であるリビアンさんに害を成そうとしました。もう一度訊きます。あなたたちはこの人たちの仲間ですか?」


 男たちは混乱する。

 どう見ても幼い少女にしか見えないのに、何故この状況でこれほどまでに落ち着いていられるのかと。

 そしてその姿は貴族の令嬢であるように思えた。

 もしもそうであるならば、近くに護衛の者がいるに違いない。おそらくは店内にまだ残っているのだろう。


 男たちは互いに目配せをする。

 貴族とやり合うのはどう考えても不味い。

 口封じに全員殺してしまえば問題が無いだろうが、今の時点では敵の戦力すらも分からない。

 一人でも逃がしてしまえば、今度は大掛かりな捜索が自分たちに向けられることになる。

 ここは退くべきか。

 誰もがそう思い始めた時、槍を持った男が口を開いた。


「お前は貴族の娘か?」


「……違います」


「じゃあ、こいつらをやったのは誰だ?」


「それは私です」


「あなた一体……」


 店の中から出てきたリビアンがジャンヌを驚いたような顔で見ていた。


「……どうやら本当のようだな」


 男はそのリビアンの態度を見て、ジャンヌの言っていることが本当だと感じた。


「なるほど、その歳ですでに身体強化が使えるのか……。おい!お前ら!見た目で油断するなよ!」


 槍の男は仲間にそう告げると、自身も身体強化の魔法を使った。

 それは退く気が無いという証。

 それはここで二人を捕らえる――もしくは殺すことを意味する。

 他の者たちもそれに従うように全身を強化する。


「子供には手を出したく無いんだが、大人しく退いてもらうわけにはいかないかい?」


「お断りします。これからも私が私である為に、ここで退くことは出来ません」


「……立派だねえ。それだけに残念だな」


 言い終わった瞬間、男の高速の槍がジャンヌに向かった放たれた。



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