ジャンヌの葛藤 5
「まあ、そのシン様ってのが、あんたのことを大切に想ってるのは確かだろうね」
気を取り直したリビアンは、諭す様な口調でジャンヌへと話しかけた。
「私を大切に……」
「今のあんたは立場上は孤児なんだろ?それならどこかの家に養子として入れば、それだけで身分は保証されるからね。そうじゃなきゃ、あんたが誰かと結婚するまではずっと孤児って扱いを受けるよ。そのシン様という人は、その為にあんたを養子にしようと思ったんじゃないのかい?」
「わたしのために……」
ジャンヌも心のどこかでそれは分かっていたことだった。
シンが自分を女性として見ていないことも、それでも大事な家族だと思っていてくれていることも。
でも、それを受け入れることは出来なかった。
幼い少女の恋心は、いつの間にか
「でも、わたしは……」
「なあ、あんたは知らないから悩んでるんだろうけどさ。養子縁組なんて解消しようと思えば出来るのよ?」
「――え!?」
リビアンの思いもよらない言葉に一瞬で鼓動が激しくなるジャンヌ。
「まあ、子の方からっていうのは難しいかもしれないけどさ。親の方からなら手続きさえすれば解消出来るのさ。だからさあ」
リビアンはそこで言葉を区切る。
それ以上は言わなくても分かるだろ?という笑みを浮かべてジャンヌを見つめた。
「私を子供として見れないように……」
「そうさね。あんたが立派な女になって、嫁に貰いたいと思わせれば良いのさ」
「え、でもそんな……」
「自信が無いならこのまま家を出るのが正解だねえ。もし行くところが無いってなら、それまでうちで働いても良いよ。まあ、大した給金は払えないけど、住むとこと食事くらいは困らないだろ?」
ここまでの話を聞いているうちに、ジャンヌと暮らしているシンという男が悪い奴では無いと感じていたリビアン。
ジャンヌを受け入れることが厄介事に違いはないが、分別のつく相手なら大ごとにはならないだろうと考えた。
「自信は無いです……。私はまだ子供だし、あの人に振り向いてもらえる魅力も無いです……」
「何だい、分かってるじゃないか。そうさ、あんたはまだ子供なんだ。大人の魅力が出てくるのはこれからさ。それなのに、その前にその人の前からいなくなっちまうつもりかい?あんたは絶対に良い女になるよ。私が保証する。まあ、合ったばかりの人間に保証されても嬉しかないだろうけど。これからチャンスがあるかもしれない。それなのに今いなくなるのは勿体ないとは思わないかい?」
「チャンス……ありますかね?」
「生きてりゃチャンスなんていくらでも巡ってくるさ。あんたが自分から手放さない限りはね。あたしを見なよ。こんな小さな店でも生きていける。それでもやっと掴んだ夢なんだ。誰だって諦めなきゃ何かは叶えられるんだよ」
そう言ったリビアンの顔は、今のジャンヌには眩しいくらいの笑顔だった。
「手放さなければ……諦めなければ……」
――私は自分から捨てようとしていた……。
――自分の気持ちばかり優先して、シン様の気持ちも、優しさも。
――全部捨てて逃げ出そうとしていた……。
「……リビアンさん。私は――」
何かを決意したようなジャンヌの言葉を、店の方から聞こえてきた大きな物音が遮った。
そしてそれに続いて女性の悲鳴が聞こえた。
「――なんだい!?」
反射的に立ち上がるリビアン。
「私は店の方を見てくるからあんたはここから動くんじゃないよ!ああ――もし危ないと感じたらあの窓から逃げな!いいね!」
ジャンヌが声をかける間もなく、リビアンは部屋を出て行ってしまった。
「……あんたたちかい」
店に戻ったリビアンが見たのは、壁に打ち当てられて破壊されただろう椅子の無残な姿と、床に転がるカウンターに座っていた男の客。そして、カウンターの中で頭を抱えてうずくまっているカレンの姿だった。
そしてにやにやとした顔でリビアンを見ている男が三人。
それぞれが腰に剣を帯刀した冒険者崩れの男たち。
「よおリビアン。この店は客にまともな酒も出せねえのか?」
短髪で浅黒い肌の男がリビアンを挑発するように傍にあった椅子を蹴りつける。
「カレン、大丈夫かい?」
「は、はい!急にあの人たちが暴れ出して、それを止めようとしたグランツさんが……」
倒れているグランツを見る。
意識はなく、頭から血を流している。
「あんたち、こんなことをしてただで済むと思ってんのかい!!」
「おお、怖いねえ。そんなに凄むなよ?お前が素直にここから出ていってくれたら、俺たちだって手荒な真似はしねえって」
「誰が出ていくもんか!!ここは私の店だよ!!」
「それはお前の勝手かもしれねえけどよ。次はそのカウンターに隠れてる姉ちゃんが不慮の事故に遭うかもしれねえぞ?――いや、次はそっちのお嬢ちゃんかもなあ」
男の視線がリビアンの背後に向けられる。
はっと思い振り向くと、そこには扉の間からこちらを見ているジャンヌの姿があった。
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