ジャンヌの葛藤 4

「私も孤児なのさ」


 リビアンは俯いたままのジャンヌに話しかけると、ジャンヌは驚いたように顔を上げた。


「そんな驚くようなことじゃないさ。戦争や魔物のせいで孤児になった奴はごまんといるんだからね」


 ジャンヌはゴブリンに一緒に掴まっていた他の子たちのことを思い出して、胸がぎゅっと締め付けられる感じがした。


「私が孤児になったのは十三の時。今から十二年ほど前さね。隣国のカネリンが今の王になってすぐ、私の住んでいたリョクカと大きな戦争になった。まあ、元から仲が悪かったから、それまでにも小競り合いは続いていたんだけどね。帝国がすぐに仲裁に入ってくれようとしてたんだけど、それよりも前に戦争は終わったんだ。いつの間にかカネリンは東の大陸国と繋がっていたみたいでさ。それまで見たこと無い兵器を使ったらしいって話だよ。父親は兵士としてその戦争に参加してて、父親の部隊は一瞬で焼かれて骨も残らなかったらしい」


「…………」


「その後カネリンは王都まで攻め込んできて、一緒に避難してた母親はその時にカネリンの兵士に連れてかれちまって、次に見た時には酷い状態で死んでたよ」


「あの……」


「ああ、別に同情されようって話をしたわけじゃない。あんたも辛い目に遭ってきたんだろうけど、世の中にはいろんな人がいるってことを言いたかったんだ」


「はい……」


「それで私はここの孤児院に預けられることになってさ。何とか一人でも生き抜いてやろうって思ったんだけどね。学の無い私じゃあ、せいぜいこの小さな店を持つのが精一杯さ」


 そう言うとリビアンは笑ってジャンヌを見た。

 ジャンヌもリビアンが自分を励まそうとしていることを感じ、少しだけ心が軽くなったような気がした。


「私……ある人に連れられてこの街に来たんです。今まではずっとその人たちと一緒に暮らしていました」


 ジャンヌはぽつりぽつりと話し出した。

 誰かに聞いてもらう事で少しは気持ちが落ち着くかもしれないと考えたからかもしれない。


「ある人?それは人買いじゃないだろうね?」


「ちっ!違います!!シン様はそんな人じゃありません!!」


「そ、そうかい。それはごめんよ」


 それまで大人しかったジャンヌが急に大声を出したことに驚くリビアン。


 ――シン”様”ねえ。

 ――貴族なら家名で呼ぶだろうし、それとも余程親しい仲だったのかい?


「それで、その人の家に住んでいて、飛び出してきたわけかい?」


「そう……です……」


「あんたの話し方からしたら、そのシン様ってのは悪い奴じゃなさそうだけどねえ。何でそこを逃げ出すようなことをしたんだい?」


「逃げ出す……そうですね。私は逃げて来たんです……いろいろなことから……」


 そして何かを考え込むように黙ってしまったジャンヌ。


「――惚れちまったのかい?その男にさ」


「――!?」


「ふふ、図星って顔だねえ」


 驚いて目を大きく開けて自分を見るジャンヌに年相応の可愛さを感じたリビアンは、少しだけ自分の少女時代を思い出して懐かしくなった。


「そいつに別の想い人でも出来たのかい?それとも結婚が決まったとか?」


「……娘になれと」


「……はあ?」


「養女にならないかと言われました……」


「そいつは……随分と酷な話だねえ……」


 自分の想っている相手の子供になるということは、添い遂げられる可能性が無くなるということ。

 そしてそれ以前に、自分が異性として見られていなかったということ。

 リビアンはシンの事を知らないので、どれくらいの年齢の者かも分からない。

 しかしそれなりの地位、もしくは資産のある者であるだろうとは思っている。

 未だ幼く見えるジャンヌが異性として見られていないというのも分からないでもないが、その容姿は貴族の令嬢に混ざっていても注目を浴びるだろう美しい容姿をしているのだ。普通の男であれば手元に置いて成人になるまで待ち、その後に側室なりなんなりとすれば良いのではないかとリビアンは思った。


「ああ、答えにくいことを訊くんだけどさ。そのシン様って言うのは、男色の趣味があるのかい?」


「だんしょく?」


「つまり女に興味が無い奴なのかってことさ」


「なっ!そんなことはないです!!シン様は女性が大好きです!!」


 シン本人が知らないところで変な噂の火種がまかれていた。


「なら何でさ?私が男だったら、あんたを嫁に貰うけどねえ」


「え……」


 自分の身体を抱いて椅子ごと後ずさるジャンヌ。


「私が男だったらの話さ。別にそんなつもりで連れ込んだんじゃないさ」


「そう、ですよね……」


「分かったならその目は止めてくれない?絶対にまだ疑ってる顔してるわよ?」


「ソンナコトナイデスヨ」


 はあぁと、大きな溜息をつくリビアンだった。



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