ジャンヌの葛藤 2

 シンからの養子縁組の話があった翌日の午後。ジャンヌは一人で街へと出ていた。

 特に何の用事があるわけでもなく、ただ一人になりたいと、今は屋敷に居たくないと、そう思ったからだ。

 屋敷を出る時にロイドがついてくると言ってきたが、ジャンヌはそれを強く拒絶した。

 歩きながらその時のロイドの驚いた顔を思い出す。

 完全に八つ当たりだ。

 ただでさえ重く沈んでいた気持ちが、ロイドにとった態度の自己嫌悪で更に重くなった。


 貴族たちの邸宅のある地域を抜け、商店が集まる大通りへと歩いていく。

 パルブライトの王都エクセルは、大陸の中でも最も栄えている都市であるといっても過言ではない。

 大陸中から人や物が集まり、そしてまた地方へと運ばれていく。

 冒険者ギルドや商業ギルドの本部もエクセルにあり、レギュラリティ教団のエクセル支部などは、本部よりの指示を各教会へと伝えるメイン機関となっている。


 多くの行き交う人々や立ち並ぶ商店を眺めながら歩いていたジャンヌは、自分が無意識にこの街で一人で生活することを考えていたことに気付く。

 屋敷を出た後、シンたちと別れた後の生活について考えていたことに。


 まだ決意したわけではなかった。

 しかし、養子の話を断っておいて、そのまま屋敷に残るということは出来ない。

 ジャンヌはそう考えていた。


 屋敷を出たらシンと会うことはなくなるのだろうか?

 おそらく会いたいと言えば会ってくれるだろうし、いつでも屋敷に来て構わないと言ってくれるだろう。しかし――


 ――それは出来ない。


 それはただの我儘にすぎない。

 平民の自分が貴族家の当主であるシンに言って良いことではない。

 靴職人の父と、それを手伝う母の下に生まれたジャンヌにとって、貴族と接するという事はそういうことなのだった。


 それに何より、シンが他の貴族に「平民の子供を家に連れ込んでいる」そう思われてしまうことが何よりも嫌だった。

 何よりも優先されることは憧れの人であるシンのこと。

 それならば養子の話を受け入れれば良いのではと思うが、ジャンヌの中の理解し難い感情がそれを拒んでいた。


 シンとは親子になれない。

 そして二度とシンと会う事をしない。

 どちらの感情も打ち消すことが出来ないのであればそうするしかない。

 ジャンヌの中で少しずつだが、そう折り合いが着こうとしていた。



 どれだけ歩いただろう。

 いつの間にか商業通りを過ぎ、周りを歩く人も少なくなっていた。

 その代わり、武器や防具を装備した冒険者の姿が目立つ。


「冒険者ギルド本部……」


 冒険者たちが出入りしている、高い建物の並ぶ中でも一際大きな建物。

 その入り口にはそう書かれていた。


 ジャンヌは考える。

 屋敷を出て冒険者になるのも良いかもしれないと。

 元々はシンのように強くなりたいと憧れて付いてきていたのだ。

 それが――


 ――いつから私は……


 何を目指していたのか?と考える。

 何故今更に冒険者になるのも良いと考えたのか?

 そもそもそのつもりだったんじゃないのか?

 自分は何の為に……。


 そして気付いてしまう。


 ――そうか、私は元から何者でもなかったんだ。


 シンの強さに憧れたと口では言っておきながら、ロイドのように誰かに修行をつけてもらうわけでもない。

 シンの優しさに甘えながら、ただそこに居ただけの存在。


 ――私は……。


 このまま消えてしまった方が良い。


 ジャンヌは心を暗い闇に沈め、屋敷とは違う方向へと歩いていった。



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