第48話 そして終戦……
王都を迂回してパルブライト本陣を狙おうとしたカネリン軍。
しかし、その行く手をゴブリンの大群に阻まれてしまっていた。
「将軍!!敵の数が多すぎます!!」
そんな側近の言葉など聞くまでもなくムンディは理解していた。
軍の先頭を切って走っていたのは、他でもない自分自身なのだから。
エクセルの結界を避けるようにカネリン軍へと押し寄せてくるゴブリンの群。
それを見た瞬間、ムンディは迎撃の陣をひく指示を出したのだが、駆けてくる後続にその伝令が伝わるよりも早く戦闘状態に陥ってしまっていた。
いくら相手がゴブリンとはいえ、闇雲に戦っていては大軍の圧に飲み込まれてしまう。
その上、このゴブリンたちはゴブリンキングによって生み出されている強化されたゴブリンである。
少数の兵だったとはいえ、出来得る限り万全の態勢で挑んだエトスタ王国が多くの被害を受けたことも記憶に新しい。
陣形も取らずに本隊が真正面から戦闘状態に入ってしまった今、その指揮系統すらままならない状況で各隊が各々の指揮の下で戦っている。
各兵の強化魔法のリミットは数分。この状況では隊を入れ替えて回復することも出来ない。
今は何とか耐えてはいるが、魔法が切れた時にこの均衡は一気に崩されるだろう。
そう考えながらも、ムンディには現状何も打つ手が無かった。
――何故だ?!何故ゴブリンどもが我々を襲うのだ?!
「将軍!!後方部隊からの伝令です!!」
「どうした?!何故奴らはまだ追いついて来ぬのだ!!
「後方にて敵の襲撃に遭い、ただいま交戦中とのことです!!」
「何だと?!どういうことだ!!城の兵士が出てきたとでもいうのか!!」
「敵は東の森より出現!!その数およそ八千!!パルブライト軍の伏兵と思われます!!」
「――!!」
ムンディの頭は一瞬真っ白になった。
そして混乱する頭で考える。
――何故伏兵がいる?全兵力でゴブリンと戦っていたのではないのか?
――しかも八千だと?!この状況でそのような余剰な戦力を何故温存しておける?!
――これではまるで我々の行動が……いや、この戦局全てが読まれていたかのようではないか!!
前方にはゴブリンの群。たとえそれを突破したとしてもパルブライト本隊がいる。
そして後方からは、そのパルブライト軍の挟撃にあっているという絶体絶命の状況。
後続の応援が期待できなくなった今、ムンディの頭の中には降伏の二文字がチラつき始めていた。
「陛下、これで終わりましたな」
ユリウスの傍に控えていたタッソ軍務卿がほっとしたように言った。
パルブライト軍が対峙していたゴブリンたちは、ジェネラルが倒されると同時に侵攻を止め、その場から逃げ出すように走り出していた。
「ああ、冷や冷やしたが、何とか予定通りになったな……」
ユリウスはゴブリンたちが逃げ出すのを見ると、すぐに南方面以外への退路を塞ぐように指示した。
敗走していくゴブリンたちはそれまでの凶暴性を完全に失い、ただの烏合の衆となった相手はシルヴァノたちの敵ではなかった。
鬼人が如くに暴れるシルヴァノを見て、ゴブリンたちは次々と南方へと進路を変えていく。
「それでも壁くらいにはなるだろうよ」
ユリウスは南へと逃げていくゴブリンたちと戦っているだろうカネリン軍のことを想像する。
味方だと思っていたゴブリンに襲われ、逃走したゴブリンを殲滅するために配置していた伏兵に挟撃されているカネリンの兵士たち。
――可哀そうなどとは思わん。我らに牙を向けた時点で一兵卒まで同罪だからな。
「徐々に三方の包囲網を縮めよ!全てのゴブリンをカネリン軍へと誘導するのだ!」
――もってあと数分だな。
「カネリン軍の戦線が崩れたら後方よりゴブリンどもを殲滅せよ!!」
それで本当に全てが終わる。
ユリウスは少しだけ自分の緊張が解けるのを感じていた。
そして余裕の出来た思考があることに気付く。
――ゴブリンの退路を断つための伏兵、か。
この作戦を提案してきたのはシン。
シルヴァノがジェネラルを倒した後のゴブリンの行動を予測してのこと。
正面から当たっていた本隊が動くよりも取りこぼしが無いのは間違いないと考えて実行したのだったが……。
――あいつ、カネリンの動きまで知ってたんじゃないのか?
そう考えるといろいろと辻褄が合ってくる。
伝えられていなかった結界の弱まり。
シンであればそうなることは知っていたはずだ。しかし言わなかった。
それに釣られる形で南門を攻めてきたカネリン軍。彼らはそうなることを知っていたかのような動きで。
もし最初からパルブライト本隊を狙ってきていたら、この戦局は更に難しいものになっていただろう。
しかしカネリン軍は兵の消耗を嫌い、自分たちとゴブリンが戦っている隙に王都の占拠を狙った。
まるでシルヴァノがジェネラルを倒すまでの時間を稼がせるかのように。
そして結界の復活。
そうなるとカネリン軍の取れる方法は二つ。退却か本隊を狙ってくるか。
結界の復活はシンの勝利の証であり、供給される魔力の回復はシルヴァノの持つ武器の強化に繋がり、更にそれはジェネラルを倒すことへと繋がった。
それを知らないカネリン軍は本隊へと向かい、強制力を失ったゴブリンは逃走を始める。
全てが一枚の絵のように完成していた。
「陛下?どうかされましたか?」
眉間に皺を寄せて黙り込むユリウスを不安そうな顔で見ているタッソ。
「……ああ、何でもない。少し考え事をしていただけだ」
「まだ何か心配なことでも?」
「いや……この戦争が終わった後に、戦った皆にどのように報いるかを考えていたのだ」
「そうでございますか。しかし魔物相手で戦利品がありませんので、あまり贅沢なことは出来ませんな。カネリンとてどうなるか分かりませんし」
「タッソ、お主は何を望む?今回の殊勲者の一人であるお主にはどのような形で報いればよい?」
「そうでございますな……」
まさかの提案に驚いたタッソだったが、少し考えたのちに――
「陛下のワインコレクションの中の一本でもいただければと思います」
その武骨な顔を崩してそう言った。
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