第47話 蘇る最強の騎士

「本隊を狙いますか。結界が回復した今、勝利を目指すのであればそれが賢明な判断でしょうね」


 エクセルの南側城壁の上で戦場を眺めるフェルト。

 カネリン軍は約一万ほどの兵を残して大移動を開始していた。


「でも戦局全体を見た時の最善の判断ではないですね」


 最悪の場合、城内に侵入してくる兵士と戦う覚悟でここへと向かってきたフェルトだったのだが、結界が回復したということはシンがゴブリンキングに勝利したことであると察したため、その覚悟は不要なものとなった。

 残ったカネリン軍の兵士たちだけでここを突破することはまず不可能。

 あとは北門で戦っている本隊が勝利し、カネリン軍を退ければ全てが終わる。

 それを見届けるため、フェルトは城壁から飛び降り、街を一気に縦断して北門へと向かった。


 ――最善は退却することだと判断出来なかったのが残念です。




 ゴブリンジェネラルの蹴りがシルヴァノの側頭部を捕らえる。

 鈍い音と共にその身体が吹き飛ばされて岩壁に叩きつけられた。


 全身を護っていた鎧はすでになく、全身からの出血も相当量に上っている。

 折れた肋骨は三本、ヒビの入った骨はシルヴァノ自身も認識できない数になっていた。

 まさに満身創痍。

 それでもまだ立ち上がることが出来るというのは、人として驚異的なことであった。


 ユリウスによってこの場を託された以上、自分は決して敗れるわけにはいかない。

 その想いがシルヴァノの身体を支え続けていた。


 足にも力が入らなくなってきており、懸命に立つ身体は小刻みに震えている。

 辛うじて槍で体を支えて立っている状態。


 そんなシルヴァノの姿を見て、ジェネラルの苛立ちは頂点に達しようとしていた。

 手加減はしていない。何度も全力で殴りつけ、蹴り上げ、周囲の地形が変わるほどの魔力砲を放っていた。

 それでもシルヴァノは生きている。

 ゴブリンキングより受け継いだ記憶の中の人間とは、かくも強靭な身体をしているはずがなかった。

 戦場の中に感じる魔力からして、この男が強者なのは理解している。だからこそ最初から全力で倒しにかかっていたのだ。

 それでも死なない。

 立ち上がるどころか、その目には未だ闘志が宿っているではないか。

 それがジェネラルを苛立たせていた。


 自分に与えられた任務は帝都エクセルを陥落させること。

 そして同時に攻めているカネリン軍にそこを占拠させることであった。

 こんなところで時間をかけているわけにはいかない。

 シルヴァノにはまだ戦う意思がある。しかしもう満足に動くことは出来ないだろう。

 ジェネラルは一気に勝負を決するべく、全身の魔力を最大限にまで練り上げていた。


 そして最高出力の魔力砲をシルヴァノに向けて放とうとした瞬間、王都エクセルが眩い光を放ったのだった。


 ――ナンダ……これハ……。


 光が戦場を駆け抜けたと同時に、ジェネラルはキングとの魔力の繋がりが絶たれたことを感じた。

 それはキングに何かあったという証。

 ジェネラルに動揺が走る。

 ゴブリンキングより生み出された自分は、キングとの魔力回路の接続が絶たれれば今の様に無尽蔵に魔力を使うことは出来なくなる。

 そして感じる強大な魔力の迸り。

 それはシルヴァノの握る槍から放たれていた。


 身体を支えるようにある白銀の槍。

 この激しい戦いの中、傷一つ付かずに輝きを放ち続けていたその槍からは、はっきりと視覚出来るほどの魔力の奔流が放たれていた。


 その槍の名は『グングニル』。

 かつて北欧の神オーディンが持ったとされる神話級の逸品。

 戦争と死を司る神の名を冠したその槍は、この戦場においてもっとも威力を発揮する。

 これもまたシンの手によって創られたものである。


 シンがこの世界へと帰還したことでその真価を発揮し始めたグングニル。死を司るということは、また死を拒むことも出来るという事。シルヴァノの身体をその魔力で覆い尽くし、再びシルヴァノに戦う力を与えていた。


 キングとの魔力切断、シルヴァノの持つ槍の力。同時に起こったそれは動揺を加速させ、そして混乱の中ジェネラルは魔力砲をシルヴァノへと向けて放った。


 大気が震え、周囲の空間が歪んだと錯覚するほどのエネルギーの放出。

 シルヴァノは槍を水平に構えて対峙する。


 全ては一瞬の出来事。

 その刹那――シルヴァノもまた全身を一筋の光の槍と化して魔力砲へと突き出した。


 グングニルに触れた魔力砲は、その威力によって弾け飛ぶ。

 凄まじいまでの光と衝撃波が周囲に巻き起こり、それに乗って吹きすさぶ魔力砲の残滓。

 そしてその槍先がジェネラルの腹部を貫通する。

 同時に爆散するジェネラル。


 その姿を確認したシルヴァノは、特に何の感情を顔に浮かべることもなく、残るゴブリンを殲滅すべく戦場へと向かっていった。




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