第49話 クーデター
「シンさん……本当にこれを返さないと駄目か?」
マリアンは手に持っている両手斧――『ラプリュス』を名残惜しそうに見ている。
「最初の約束でしたからね。それに、こんなのがあったらマリアンさんが余計に他の人に怖がられちゃいますよ?」
つい余計な一言を付け加えてしまうシン。
「怖がら―――って、おい!私はそんなに物騒な奴じゃねーよ!!」
「何を言ってるんですか?マリアンは十分に物騒ですよ?」
隣にいたターフが呆れたように言う。
「お前まで?!私のどこが物騒だって言うんだ!!」
「全部ですよ全部。はい、ではこれはお返しします。本当にありがとうございました」
「ああ!私の『ラプリュス』があぁぁぁ!!」
ターフはマリアンの手から奪い取った『ラプリュス』をシンへと手渡し、受け取ったシンも素早く空間収納へと片づけた。
「そんなに女々しいこと言わないでください。英雄の名が泣きますよ?」
「女々しいっていうのは男に使う言葉だ!私はれっきとした女だ!女々しくて何が悪い!それに英雄だなんてのは周りが勝手に言ってるだけで、私の知ったこっちゃねえよ!」
そんなことを言って喚いているマリアンを見てシンは思う。
今のマリアンから感じる力は、最初に会った時よりも格段に上がっていると。
シルヴァノ、ランバートが苦戦したジェネラルを、マリアンだけは大きな怪我を負うことなく、しかも、シンの帰還よりも先に倒してしまったというのだ。『ラプリュス』の真の力が解放されるよりも前に……。
「な、何だよ?私の顔に何か付いてるのか?」
そう言われて、シンはマリアンの顔を凝視していたことに気付いた。
「いえ、別に何も付いてませんよ。マリアンさんが強くなったなあと思いまして」
「あん?そりゃそうだろ?あんなすげえ武器を貰ったんだ。使いこなせるようにしとかなきゃと思って特訓したんだよ」
「そのせいで近隣住民からの騒音の苦情が殺到しましたけどね。あの荒れた地形どうするんですか?それと、貰ってないでしょ?どさくさに紛れて過去を改ざんしないでください」
「細かいこと言うなよ。国が無くなっちまうよりはマシだろうよ?――あ!そうだよ!!なあシンさん!私と結婚しないか?」
「え?!」
「はあ?!」
唐突にプロポーズしてきたマリアンに二人は間の抜けた声を上げた。
「あんたみないな強い男だったら大歓迎だ!私も三十で売れ残りだけどよ、あんたはもっと歳いってんだろ?それだったら私だって若いうちに入んねえか?」
「いや、急にそんなことを言われても……」
「子供がいるってのは知ってる。でもあんた自身は独身なんだろ?なあ?どうよ?抱き合った仲じゃじゃねえかよ」
抱き合ってはいない。
一方的に抱きつかれて自爆に巻き込まれかけただけだ。
シンはそんなことを思ったが、それを口にするのは話をややこしくするだけだと思い、何とか言い止まった。
「マリアン、止めときなさい」
するするっとシンに抱きつきにいこうとしていたマリアンを後ろからターフが襟首を掴んで引き留める。
「ちょ!離せって!私は猫じゃねーぞ!」
「どうせシン殿と結婚すれば、いつでも『ラプリュス』が使えるとか考えてるんでしょう?」
「――!?そ、そんなんじゃねーよ!私は純粋な乙女の恋心でだな――」
「純粋な乙女はそんな下心丸出しの顔で殿方に迫ったりしませんよ」
マリアンは慌てて自分の顔を両手で隠す。
「あ……」
「ほら、自分でも自覚があるんじゃないですか」
「ち、違う!これは照れた顔を見られるのが恥ずかしくてだな――」
「えっと……俺はこの辺で失礼しますね。まだ寄るところがあるんで……」
「あ、ちょっと待って!シンさーん!!」
マリアンの叫び声は、空の彼方へ逃げ出すように飛び去って行くシンには届かなかった。
いや、本当は聞こえていたかもしれないが……。
帝都エクセルではユリウスを筆頭とした閣僚が集まって、今後の事について話し合っていた。
「ゴブリンキングの危機は去ったとはいえ、我が国にも多くの被害が出ております。直ちにカネリンへと進軍をするのは難しいかと」
丞相であるキジャーノが淡々と意見を述べる。
「では丞相殿は裏切り者のカネリンに舐められたまま放っておけと申されるのか!」
閣僚の一人からそんな声が飛んだが――
「そんなつもりはございませんよ。全ての国が団結すべき時に、自国の利益を優先するだけでも許されないことなのに、その敵と通じていたのですからね。当然、その報いは受けていただかなければなりません」
そう言ったキジャーノの目は、見た者を凍り付かせるのではと思うほどに冷たいものだった。
「こちらには多くの投降した人質もおります。まずは交渉から入るべきだと私は言っているのですよ」
その一言を最後に、場には沈黙の時が流れる。
全員がどうするのが良いのか、帝国の誇りを取るか、交渉という実を取るかを考えていた。
そしてユリウスがその沈黙を破る。
「余は講和による解決を図りたいと思う」
その言葉にざわつく一同。
皇帝の立場からすれば、帝国の立場を一番に考えて交戦の選択に傾くと考えていたからだ。
「陛下、よろしいので?」
軍務卿のタッソが言を発する。
「此度の戦いで兵は疲弊している。そして、それ以上に民の心労は著しかろう。そのような中で出兵を強いるようなことは出来ぬ。皆はどう思う」
ユリウスは一同を見回す。
「陛下がそうお決めになられたのでしたら、我々はそれに従いまする」
タッソがすぐさまそう返事をすると、他の閣僚たちも同意を示すように頭を垂れた。
「皆の了承を得たという事でよいな?では早速カネリンへ使者を――」
そう言いかけた時、全身を黒装束で覆った一人の人物が突然扉の前に現れた。
「――!?」
即座に飛び出してユリウスの前に立つシルヴァノ。
他の閣僚たちも慌てて席を立つ。
「落ち着け!!この者は影の者だ」
皇帝一族に代々使える諜報部隊。
その存在は知らされていたが、こうして姿を見るのは皆初めての事だった。
「陛下、よろしいでしょうか?」
「構わん。話せ」
「はっ。――カネリン王国でクーデターが起こりました」
「何だと!?……失礼いたしました」
驚きの声を上げたタッソをユリウスが手で制す。
「続けろ」
「クーデターにより国王イストワールは捕らえられ、即日処刑されたとのこと」
「イストワール王が処刑されただと?して、そのクーデターの首謀者は分かっているのか?」
「反乱軍の首謀者はアスティマ王太子。そして第三王子であるルンク王子でございます。現在は皇太子が次期国王として宮廷内の平定を行っているとのこと」
「陛下……これは……」
キジャーノが珍しく弱気な声を出す。
「……あいつはここまでの絵を描いていたのか?」
そんなはずはない。
ユリウスはそう思いながらも、一度頭に浮かんだシンの顔が消えることはなかった。
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