第45話 沸き起こる疑念

 戦闘が進むにつれて徐々に動きが悪くなるシン。

 それとは対照的に、どんどんと強さを増していくゴブリンキング。

 当初は何度も斬ることの出来ていたその身体は、少し前から『大和』の刃を躱すこともなく受けることが出来るまでに強化されていた。

 殴り、蹴るゴブリンキング。

 防戦一方となったシンは懸命に防御するが、その障壁はいともたやすく破られ、無慈悲なまでの威力の攻撃が何度も何十度もシンの全身を襲っている。

 暗黒の中に飛び散る血飛沫。口から吐き出される血もかなりの量となっており、その内臓に受けているダメージの大きさを物語っているかのようだった。


「まだ死なないのですか!!」


 攻撃を続けながらも話す余裕のあるゴブリンキング。

 苛立ちの表情はいつしかいたぶることへの喜びから薄ら笑みを浮かべていた。


 一瞬の隙をついて蹴りを繰り出したシンだったが、それを躱すこともなく側頭部で受けるキング。

 そしてにやりと笑うと、2人の間に起こる閃光。

 何度目かの魔力砲がシンを吹き飛ばした。


「しぶとい……どうして今のを耐えられるのでしょうか?」


 遥かな先で空中で踏ん張るような体勢のシンを見てキングは呟く。


 シンとの距離を詰め、再び攻撃を仕掛けるべく接近するキング。

 どう見てもシンは限界を超えている。

 あと少しで倒せるはずだ。キングはその確信の下、トドメを刺さんと魔力を貯め始める。

 長かった戦いももうすぐ終わりを迎えるだろう。

 外ではカネリン王国が帝国を滅ぼすのも時間の問題。

 全てが計画通りに進んでいる。

 自分を王とした世界の始まりの時はすぐそこまで来ているのだ。

 そう思うとキングの顔は自然に緩む。

 イレギュラーな乱魔流から生み出され、殺戮衝動という本能に従うように成長を果たしたゴブリンキングは、何時しかその本能すらも乗り越え、支配者という新たな時代の王と成らんとしていた。

 ゴブリンにしてゴブリンにあらず。

 生まれながらにして王たるゴブリンキング。

 数億もの兵を生み出すことができ、人間の世界を知略をもって支配せんとする怪物。

 世界を亡ぼせるだけの力を有しながら、新たな世界を創造しようとする神に近づきし魔物。

 その格はすでに神獣の域を超え、古龍すらも脅かさんレベルに到達していた。


 シンはにやりと笑う。

 そのシンを見て動きを止めるキング。

 何か今のシンには違和感がある。それが何かは分からないが、本能的に近づいてはいけないという予感がした。


「……何がおかしいのですか?」


 探るような口調で話しかける。


「この空間、広すぎるんだよなあ」


 その声にキングは違和感の正体に気付く。

 話すことも難しいだろう状態に見えていたシン。それが、先ほどまでの疲労やダメージの影響を一切感じない声。


 ――回復魔法を使ったのか?

 ――いや、あのダメージを全快させるような魔法をこの場で使えるはずはない。

 ――まだ何か隠し持っていたんでしょうか?


「あなた……何をしたんですか?」


 この状況から自分が負けるはずはない。

 しかし相手も自分と同じく、世界の理から外れた力を持つ者。最後まで油断してはならない。

 起こりうる可能性を考えられる限り考え、その全てに対応するべく頭をフル回転させる。


「何をしたか?何をしていたかの間違いでしょ?」


「――!?」


 シンがそう言った途端――暗黒を切断するかのように無数の光が走る。

 縦に横に光の軌跡は枝分かれしながら広がっていく。

 次々と光は結ばれ形を築きながら、延々と延々と限りなく無限に広がりながら繋がっていく。


「貴様!!何をしやがった!!」


「どうした?口が悪くなってるぞ?」


 シンとゴブリンキングのいる広大な異空間。

 やがて蜂の巣のような六角形の目で覆われ、その光の下に二人の姿が浮かび上がる。


「ここにいる限り、お前は無限に生き返るんだろ?まあ、死なないって方が合ってるのか?だから、この空間の支配権を俺のものに書き換えた。これでお前は魔力の供給を受けることは出来ないし、二度と生き返ることは出来ない。当然ここから逃げ出すこともな」


 ゴブリンキングは確信する。

 シンは完全に元の状態に回復していると。


「ずっとあちこち飛ばされながら仕掛けをしてたんだよ」


「まさか……わざと攻撃を受けていたとでも言うのですか?」


 そんなはずはない。

 最初はシンの方が強かった。しかし、途中からは完全に自分の力が上回っていたはずだ。

 わざと受けるなんてことをするはずがないとキングは思う。

 しかし乱魔流からの魔力供給が止まったことを確かに感じていた。


「だって、お前に勝てると思わせないと逃げちゃうだろ?やっと捕まえたんだから、ここで確実に仕留めないとなあ」


 魔力の供給が絶たれ、シンの怪我が回復したとしても、それでも自分の方が強いという事実は変わらない。

 一気に片づけてしまえば良いだけの話。

 逆にこれ以上時間をかけてしまえばどうなるか分からないという予感もあった。

 すでに魔力を練り上げていて良かったとキングは思う。これは先程シンにトドメを刺すべく作り上げた膨大な量の魔力。

 これならば確実にシンを斃し得るだけの自信があった。


「わざと受けたけど――結構痛かったんだぞ?」


 キングの背筋に走った悪寒。

 一瞬で変わったシンから感じる圧。

 それはあっという間にキングの全身を押し潰さんばかりのものになった。


「ぐっ……がぁ……」


 ――まさか!まだこれだけの力を隠していたというのかぁ!!


 ゴブリンキングの生まれて初めて感じる恐怖。



 世界の命運を賭けた戦いは、ついに終盤を迎えようとしていた。



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