第39話 ロバリーハートの矛

 ロードの巨大な右腕が高速でランバートの頭上目掛けて振り下ろされる。

 それを半身で躱しその腕に向かって大剣で斬りつけると、その腕は一刀の下に両断されて血飛沫が舞う。

 しかし痛みを感じていないかのように、残った左腕が横なぎに振り払われた。


「フン!!」


 気合いと共にその襲ってきた腕を右の肩口で受け止める。

 衝撃はかなりのものであったが、その身体はびくともしなかった。


 そして一瞬で空いた懐に踏み込むと、その勢いのままに左下から一気にロードの左肩辺りまで切り上げ、その身体を斬り裂いた。

 激しく血を噴き出した後、その身体は黒い魔素へと消えていった。



 ロバリーハート北部から侵攻してきたゴブリン軍。その数は他と同じく約二百万。編成もロード三体、ジェネラル一体。

 先のファーディナント遠征によって大きく軍を縮小せざるを得なかったロバリーハート軍。その先陣として切り札であるランバート率いる親衛隊を中心とした部隊を出さなければならなかった。

 それでも王都に集結した兵の総勢は約六万。

 周辺貴族の援軍は時間が経過すれば到着するだろうが、現状で正面から迎え撃つ兵力としては心もとなかった。


 しかし――


 開戦と同時に押し寄せてくるゴブリン軍の先陣に巨大な光の矢が放たれた。

  ロバリーハートの誇る『魔弓兵』の放った千の矢は一点に集中し、密集した群れを一気に貫き、その圧倒的なまでの威力は数万ものゴブリンを一瞬で屠った。


 そしてその開けた空間に疾風の如き勢いで突撃していくランバートと、その親衛隊の騎士たち。

 彼らの目的は最初から大将であると思われるジェネラル一体のみ。

 他国よりも早くその情報を手に入れていたロバリーハート国は、その一点に集中する作戦を取ることを決断していた。


 再び狭まる群れの空間。

 騎士たちは騎馬を駆りながら周辺へと槍を振るう。一人一人が一騎当千の強者で構成されている親衛隊。その一振りは真空の刃。その集団は疾風の大剣。荒れ狂う暴風のような凶暴さに、何人たりとも触れることは出来なかった。


 そんな彼らの頭上をジェネラルの魔力砲が通り過ぎた。

 親衛隊の者だけでなくランバートの背筋にも寒気が走る。それはシンと初めて対峙した時にすら感じなかった強い殺意。その殺意の塊のような魔力砲は、王都を護る障壁に吸収されて消えていった。

 それでも彼らが怯え、立ち止まることはない。初撃を放った魔弓兵の者たちも同様である。

 彼らはすでに知っていた。

 その一撃を超えるだけの殺意を――そして恐怖を。

 決して逃れられないと死を覚悟するほどの殺意を放っていた赤龍。

 その赤龍を一蹴し、その覚悟すら生ぬるいと思えるほどの恐怖を受けた異世界の魔王。

 それを経験しているが故に彼らは退かず、その身は決して怯まない。


 ランバートが大剣を振るうと、獄炎を纏った風の刃がその刀身より放たれる。

 その一刃の大きさは約二メートル。それが一振りで二十。

 ランバートを中心に扇形に展開し、その刃に触れたゴブリンを一瞬のうちに灰と化しながら飛翔する。

 その大剣の名は『龍殺しアロンダイト』。

 シンがランバートの為に新たに打った両手剣。

 かつて英雄ランスロッドが龍退治に用いたとされる神剣の名を冠した、これも神話級の業物。

 赤龍に怯えていた自分には少々皮肉が効きすぎていると思ったランバートだったが、自戒も込めて受け取ることにした。


 数キロに及ぶ群れを突き進み、ついにはその果てまでの道がようやくランバートたちの前に開けた。

 巨大なロードの肩口に座るジェネラル。

 おそらくは何度もランバートの攻撃が届いているはずであったが、その身にはロードも含めて傷一つついている様子はない。

 ただ、ジェネラルがランバートを見る目には、あからさまな敵意が見えていた。



 ジェネラルを乗せていたロードは倒した。

 他の親衛隊の者たちは副隊長であるスペリア―の指揮の下、残る二体のロード討伐へと向かった。

 ジェネラルは動かない。じっとランバートを睨みつけているだけ。

 それだけでランバートの体を鋭い刃のような殺意が斬りつけてくる。


 『龍殺しアロンダイト』を正面に構える。

 体内の魔力を限界まで練り上げる。

 意識は目の前のジェネラルに集中し、その指先一つの動きさえも見逃さない。

 勝負は一瞬。

 その初撃に全てを賭ける。


 あの時――魔王には届かなかった一撃。

 しかし今、その手に持つは魔王より賜りし至極の一振り。

 その背に背負うは愛する祖国の命運。


 ランバートの練り上げられた魔力は闘気へと変わり、その全身を眩い光で包んでいく。

 それを見たジェネラルの目が見開かれた。

 それは驚愕――そして後悔。

 その心を殺意に支配されていたジェネラルは冷静にランバートを分析することが出来ていなかった。

 どうやって苦しめて殺してやろうか。そんなことを思案していたジェネラル。

 刹那に膨れ上がった魔力。目の前の敵から感じるその力は、準備を怠っていた自分を凌駕するものである。

 距離を――時間を稼がねばならない。

 通用しないと感じながらも、一瞬でも時間を稼げばとランバートに向けて魔力砲を放つ。

 手を抜いたように放たれた魔力砲ではあったが、それでもロードの全力の一撃を超える威力の攻撃。


 魔力砲が光速で放たれようとした瞬間、ランバートもまた大地を踏み砕くほどの踏み込みでジェネラルへと向かっていった。



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