第38話 聖女の祈り
時は三か月ほど前に遡る。
レギュラリティ教、第二十二代聖女アリエラ・ニコメディア。
聖なる癒しの力を持ち神の声を聞くと言われる彼女は、それ能力とは別に世界の声を聞くことが出来た。
それは未来予知にも近い能力であり、この世界で起こっている歪みを一早く察知することで事態の収束を図り、世界の調和を保つ為にアッピアデスを含む教団員へ神託という名の指令を下していた。
銀髪に碧眼。見た目は幼い少女の風貌をした彼女であったが、アリエラが聖女として就任したのはこれより二十年も昔の話である。
普段その姿を見ることが出来るものは、教団内でも上位の役職に就く者だけであり、教団本部から外に出ることはこの二十年、たった一度も無かった。
しかし、そんな彼女が教団本部にある神殿前に立つ。
その彼女に跪いて頭を垂れている教団員たち約二百名。そのほとんどの者がアリエラの顔を見るのは初めてであった。
「皆の者に告げます。これより先、この大陸は有史以来最大の危機を迎えることになるでしょう。場合によっては世界が滅びる危険すらある未曽有の脅威が近づいています。我々は何としてもそれを阻止せねばなりません。よって、我らレギュラリティ教団は総力を上げてその危機に立ち向かいます。一人でも多くの民の命を、その子らの未来を護る為に。その為に我々は存在しているのですから。母神レギュラリティの御名において――この世界に調和を取り戻すのです!!」
アリエラの言葉を聞いた教団員たちは返事をすることなく立ち上がり、アリエラに深く一礼をすると、一斉に姿を消したかのような速度でその場からいなくなった。
「どれぐらい残りますかな……」
アリエラの隣に控えていた老人――現大司教であるカリエストロが呟く。
「私にも分かりません……。一人でも多くの者が無事であることをレギュラリティ様に祈るのみです」
「それでも我らが逃げるわけには参りませぬ。それが我らの使命ですからな」
「ええ。これは神の与えたもうた試練なのです。私たちが自ら乗り越えなければならない過酷な試練」
「少々過酷過ぎる気がしますがな」
「ふふっ。少々どころではありませんよ。普通ならとても乗り越えられる試練などとは思わなかったでしょう」
「ほう――。アリエラ様は乗り越えた先の未来がすでに見えておられるのですか?」
カリエストロはその細い目を僅かながら開いてアリエラを見た。
「いいえ、そんな先の事など私には分かりません。あなたもご存じでしょう?私が未来など見れないということを。私に見えるのは世界に起こっている歪。そして、その歪がどれだけの被害を巻き起こす可能性があるのかということだけ。もしも未来が見えるのでしたら、あの者たちを死地に送るような下策を取らなくとも良い方法があるのかもしれないのですが……」
「アリエラ様。それでも我らが動かねばならないことに変わりはございません。たとえ命を失うことになろうとも、それは決して変わることが無いのです」
それはカリエストロの優しさからの言葉。
アリエラの決断が間違っていないと暗に告げていた。
「……ありがとう。そうですね。これは絶望の戦いなどではないのです。人類はこの厄災に対して決して屈することはありません。そして敗れることも。我らには神のご加護があるのですから」
「ああ。そうでしたな。それがアリエラ様のおっしゃる乗り越えられるという理由ですか」
カリエストロはそこでようやく合点がいった。
「我らは負けません。どのような試練であっても必ずや乗り越えて未来を掴み取ってみせます」
少女のような顔には強い決意の色が浮かんでいた。
アリエラの言う神のご加護。
その存在はアデスにいる総師範ジンショウより報告があった。
その姿かたちはアリエラに下った神託の内容と一致しており、すぐに聖女アリエラ、総師範ジンショウ、大司教カリエストロを含む教会幹部たちによって会議が行われた。
そしてその当日。異例ともいえる早さで会議は決着し、正式にその存在を認定することになった。
その存在の名は「キナミ=シン」。
神が人類の為に遣わせた救世主。
レギュラリティ教においては、聖女よりも上位の立場に位置する、初の『神の使徒』として正式に認められたのである。
しかしこのことは、その場に集まった者の心の内に留められ、シン本人に伝えられることはなかった。
何故かそうした方が良いだろうと、その場の誰もがそう感じたからだ。
――絶対にそういうのいりませんから!!
ジンショウの頭の中でそう叫ぶシンの姿が浮かんでいた。
「ふぁ!ふぁ!ふぁ!あのお方の嫌いそうなことじゃからなあ」
教団本部を出たジンショウはそんなシンを思い浮かべて笑い出す。
「しかし、これであのお方の言葉にも重みが出るじゃろうて。この先一番未来が見えているのは、アリエラ様ではなくあのお方に間違いないからのう……」
これで後はシンがアデスを出た後に伝達役を一人つければ問題ない。
何かあればその者を通して教団が動くことが出来る。
――さて、誰が適任かのう……。
ジンショウは帰りの馬車の中で今いる師範の顔を浮かべては、誰がシンと行動を共にするに適しているかを思案していた。
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