第36話 ユリウスの焦り
「初めましてかな?言葉通じるんだろ?」
周囲に何も無い暗闇の中に浮かぶように立つシン。
その正面に立つ、シンと同じほどの身長のゴブリン。
しかし、その全身から溢れ出す魔力は、ジェネラルや巨大ゴブリンのものとは比較にならない程に膨大なものであった。
「よウこそ。おまちシておりましたヨ」
その
シンはそこで警戒レベルを1つ上げた。
魔力を蓄え、巨大な体に成長していたと思っていたゴブリンキングの体は人間と変わらないサイズであり、発する言葉は明らかに高い知性を感じさせていた。
それはシンでさえも危険だと感じさせられる存在に成長していた。
「あナたをころしてシまえば、せかいハわたしノものになります。すべテのえさハわたしノものに」
そう言い終わった瞬間――シンの身体はその場から弾け飛んでいた。
「ハアァァァ!!」
シルヴァノの神速の突きが繰り出される。
一つの
しかし、信じられない事にその全てを手の平で受け止めるゴブリンジェネラル。
高い金属音のような衝突音が一つの音となって戦場に響き渡った。
シルヴァノの突き終わりを狙ってジェネラルが間合いを詰め、左の正拳が腹部を狙って放たれる。
ギリギリのところで躱したように見えた拳は、シルヴァノの白銀の鎧を僅かに掠め、その衝撃でシルヴァノの体は回転するように吹き飛ばされた。
受け身をとり、瞬時に体勢を立て直したシルヴァノにジェネラルの連続攻撃が襲い掛かる。
正面から受けては耐えきれないということを先ほどの攻撃で察したシルヴァノは、神業ともいうべき槍裁きとフットワークをもっていなし続ける。
蹴りを
その度にシルヴァノの周囲の地形が爆発音と共に弾け飛んでいく。
――ッ!!
徐々に速度の上がっていくジェネラルの攻撃は、ついにシルヴァノの受けを上回った。
拳を捌きにいった槍を逆に払われ、無防備となったその腹部をジェネラルの前蹴りが直撃した。
瞬間移動したかのような速度で、戦場から離脱するような形で数百メートルほど吹き飛ばされた。
限界まで強化してあったシルヴァノの体は辛うじて一命を取り留めたが、その上半身を覆っていた白銀の鎧は影も形も無くなっていた。
それでも闘争本能は失われておらず、痛む身体で懸命に立ち上がる。
ジェネラルの追撃は無い。
元居た場所から動くことなくシルヴァノの方を見ていた。
その顔には苛立ちの感情が浮かんでいるように見えた。
シルヴァノとジェネラルが戦闘を開始する直前、ユリウスの下にはシルヴァノの部隊がゴブリンの群を突破した報告が魔導兵より伝えられていた。
遥か戦場の彼方を見るユリウス。
その位置からでもはっきりと見て取れる激しい戦いの様子。
この戦場において、このシルヴァノの戦いが勝敗の行方を握っていた。
徐々に弱まっている王都の結界。魔導士たちが懸命に維持を図っているが、百を超える魔導士たちの力をもってしても、シン一人の力には遠く及ぶものではなかった。
故にシルヴァノが敗れた時は、あのジェネラルの攻撃を防ぐことは叶わないだろうとユリウスは考えていた。
計画にズレが生まれてきている。
王都の護りを気にせずに、正面のゴブリン軍を打ち払うというのが当初の予定であった。
上位種の出現も予定通り。シルヴァノをもってすれば、それも打倒し得るはずであった。
その間にシンがゴブリンキングを倒す。
敵が大軍を送り込んでくれば必ずやその残滓を辿り、ゴブリンキングの居場所を捕らえることが出来るはずだとシンは言った。
おそらくその作戦は成功しているのだろう。でなければ、シンの魔力供給が途絶えることなど考えられない。
そう考えてユリウスは一つの考えに至る。
シンは敗れてはいない。ゴブリンキングのいる場所は異空間のようなものだとシンは言っていた。
ユリウスは異空間という存在がどのようなものなのか理解しきってはいなかったが、その空間にいるシンの魔力が届かなくなるような場所なのではないだろうか?と。
つまりシンはゴブリンキングに敗れておらず、今なお戦っている最中なのではないだろうか?と。
ユリウスが見たシンの力はシルヴァノを圧倒したあの一戦のみだったが、報告に上がっている限りにおいて、シンが何者かに敗れるということは想像出来なかった。
目の前の帝国を蹂躙せんと襲来している二百万のゴブリンたちよりも、シルヴァノと戦っている尋常ならざる力をもった上位種のゴブリンよりも、そして世界を滅ぼすだけの力をもっているだろうゴブリンキングの存在よりも、遥かに一人の人間であるシンの存在を恐ろしく感じていた。
「第十部隊!コラソン伯爵の隊が崩れました!」
シンより受け取っている魔道具の数も限られている。兵士たちの身体強化の時間も短く、ローテーションを組んで戦ってはいるが、そう繰り返しいつまでも使えるものではない。
開戦より一時間半が過ぎ、果て無く押し寄せてくるゴブリンたちの前に、少しずつ戦況は押し戻されてきていた。
「サフィラ隊を援護に回せ!!右翼は陣形を維持しつつ、負傷者を後方へ!!敵中央への弾幕を強化し、敵の密度を減らせ!!」
ユリウスに出来ることは、シルヴァノが上位種を倒し、シンがゴブリンキングを倒す。それを信じて、その時までこの戦況を維持させることしかなかった。
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