第35話 総力戦
パルブライト軍後方。王都城門前で自ら甲冑を着こみ戦況を見守る皇帝ユリウス。
ジェネラルの存在以外はほぼ予定通りに進んでいた。
そのジェネラルでさえ、過剰なまでに張られた結界により、王都への被害は皆無であった。
ユリウスは当初ジェネラルの姿を確認した時、一瞬だけ、ほんの一瞬だけ帝国の滅びる未来が見えた。初撃の魔力砲が放たれ、王都を護る結界に吸収された時、その攻撃が味方に放たれれば、簡易型の魔道具では防ぎきれないのは明らかだった。しかし、かのゴブリンの攻撃が味方に向けられることは今のところない。理由は分からなかった。
もしかしたらあれは都市を攻撃する専門のゴブリンなのか?そんなことを考えていた。
それでも気は抜けない。目の前に溢れかえるゴブリンの群をシルヴァノが抜け、危険度の高いあのゴブリンを早く討伐するに越したことはない。その為に各部隊に細かい指示を出し続けていた。
そんなユリウスに凶報とも思える報告が魔導士団より入る。
「陛下!王都を護る結界の力が徐々に弱まってきております!!」
「――なっ!どういうことだ!」
「理由は分かりません!しかし、結界を維持する魔力の供給がされておりません!」
その報告にユリウスは最悪の事態を想像した。
シンの張った結界。その維持は遠く離れていてもシンから供給され続けている。それが絶たれたということは、シンの身に何かあったということ。
――あの者が敗れたのか?
真っ先に浮かんだのはシンに何か、最悪死んだということ。
その為に魔力の供給が絶たれたのではないか?
それは王都の防衛のみならず、人類の敗北を意味することであった。
「後方待機の魔導士団は総員結界の維持にまわれ!前衛の魔導士団は魔力が尽き次第撤退!第八師団と遊撃に回っていたコグラとルエナスの部隊を戻し、その後の迎撃に備えさせろ!」
だからといって素直に諦めて亡ぶなどという選択肢はない。
ユリウスは今自分に出来る最善を尽くす責任があった。
自分を信じて命を賭けているものたちに報いる責任が。
前を向き、兵たちに檄を飛ばす。シンの身に何が起こっているのかは分からない。もしかしたらこれもシンの作戦の内なのかもしれない。そう自分に言い聞かせ、目の前の敵を撃ち滅ぼすべく指揮を執り続けた。
しかしその時、世界は滅びへの階段に一歩足を踏み入れていた。
全て片付いたと考えていた。それはその場にいた将兵全ての思いであったといって過言ではないだろう。
もちろん、今しがた戦いを終えたばかりのスフラ伯爵にしてもそうであった。
だからこそ信じられなかった。
「おいおい……」
地平に見える土煙。そして足下から伝わってくる地響き。
それは今しがた殲滅させたゴブリンを遥かに凌ぐ数の群の行軍。
それらは真っすぐにこの戦場へ向かってきていた。
「通信兵!」
スフラが叫ぶと一人の兵士が駆け付ける。
彼もその異変に気付いており、その顔は青ざめていた。
「急いでエルザの嬢ちゃんに連絡を入れろ!敵の総攻撃が始まった!魔王様はいねえ!ってな!」
「了解しました!!」
伝えられた兵士は急いで通信の魔道具の用意を始める。
「ちっとは休ませてくれや……」
そう独り言ちると、傍に置いてあった偃月刀を手に取った。
「閣下、あれは少々数が多いかと…。逃げません?」
副官のブラインが冗談めかしてそう言った。
「あれから逃げたところで余所も似たような状況になってるだろうさ。お前も給料分しっかり働いてもらうぞ」
「……ならベースアップしてくださいよ」
「何か言ったか?!」
「さあ!頑張りますか!!」
「よし!お前たち!死ぬ気で働け!!」
「死ぬ気でまではやりませんし、死ぬ気もありませんよ……」
「何か言ったか?!」
「よーし!死にますよ!!」
「いや……そこまでは言ってねえよ……」
二人のやり取りを見ていた兵たちは、少しだけ気がほぐれていた。
押し寄せるはゴブリン軍総勢二百万。
迎え撃つはスフラ軍などの援軍を含めたファーディナント軍約六万。
戦いを終えたばかりで疲弊しきっている彼らに、新たなる軍勢が牙をむいて襲い掛かろうとしていた。
同様の事態はファーディナントだけではなかった。
第一波の攻撃を受けていたアーメット王国、ラスラ王国、マズル共和国。直接の攻撃を受けなかったが、主力であったルディク将軍の部隊を殲滅させられたバスラット王国。
新たな標的となった国はエトスタと国境を挟んで緊張状態が続いていたバイラミー王国。
そして、ロバリーハート国。
上位種であるロード、ジェネラル率いるゴブリン軍。一斉に大陸中に現れた総数約千五百万。
まるでシンの張っていた結界が弱まるのを知っていたかのようなタイミングで、世界各国を押し寄せる津波のような勢いで攻め込んでいった。
世界の運命を乗せた天秤は、今大きく破滅へと傾こうとしていた。
全てはゴブリンキングの計画通りに。
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