第34話 開かれた黙示録、そして終末への始まり
その異変に一早く気付いたのはシンだった。
唐突に感じた時空の歪みとも思えるほどの大気の震え。それはシンから少し遅れて、ベルーガ地方全土にいたファーディナント軍の兵士たちも感じとった。
そして兵士たちはあまりの恐怖から全身が痙攣したように震えだす。
感じたこともない。いや、過去に遭遇していたとしたならば、すでにこの場に生きていることはないだろうとすら思えるほどの絶望的な恐怖。
援軍に駆け付けようと接近していたファーディナント軍の兵士たちは、そのあまりの恐怖に震え、手にしていた武器を落とした。ゴブリン軍と対峙していたハダル軍の兵士や、援軍に駆け付けていたスフラ軍の兵たちはその八割近い兵が意識を失いその場に倒れていった。
その被害からしても、恐怖の発信源は明らかだった。
すでに勝敗が決したとはいえ、未だ数万のゴブリンたちの残る中で完全に無防備な体勢となった兵士たちであったが、そのゴブリンたちも同様に意識を失い倒れていた。
辛うじて耐えていた者たちは、全身を限界まで強化させ、何とか意識を保つことで精いっぱいの状況。それはスフラとて同様であった。
「――ッ!……ブライン。意識はあるか?」
副官であるブラインに声をかけるスフラだったが、とてもではないが体を動かしてそちらを見る余裕はなかった。
この戦場において、意識はあっても話すことが出来る者は数名といったところ。
「……はなし…かけないで…くださいよ」
返事をすることで精いっぱいのブライン。しかしまだ意識を保つことが出来ていた。
「ハハッ!これでもまだ声を出せるだけマシだぜ!やるじゃねえか!」
「うごけ…ないん……じゃ…意味な…い…」
この状況でそれだけ喋れたら大したもんだとスフラは素直に思った。
感じている気配は、先ほどシンが戦っていたジェネラルの比ではない気配。
確実な死を感じたケルベロスすらも子犬に思えてしまう程の圧倒的な恐怖。
その気配が複数体。
快晴だった空に闇が広がってくる。
それは円形の小さなものだったが、徐々に広がっていき、それに伴って感じる気配もどんどんと強くなっていく。
「……悪魔でも出やがるってのか?」
巨大な円となって戦場全体を覆う漆黒の闇。
そしてその中からゆっくりと現れてきたのは、街すらも一踏みで潰せるほどの巨大な足。それが合計二十四本。円陣を組むような形で闇の中から出てくるその足は、薄焼けた茶色の肌に歪な形をしている。誰かに言われなければ誰もゴブリンのものと同じだとは気付かないだろう。
まるで神が降臨するが如くに、闇の中から徐々に姿を見せる。
伝説として伝わっている古龍はその巨体で王都すらも破壊したと言われているが、今スフラの目の前に現れようとしているソレは、どう考えても古龍を圧倒する大きさであると思えた。
そしてやがて全身を表し天空にそびえ立つ十二体の巨大なゴブリン。その姿は遠く離れた場所にいた他のファーディナント軍の兵士からも見えており、全身から放たれている暗黒色の恐怖によって、すでに戦場で立っているものはスフラだけとなっていた。
「こんなもんが暴れたら世界が終わっちまうなあ……」
しかしそのスフラでさえも呼吸をすることが苦しくなりだしており、自分では気づかなかったが、その全身は小刻みに震えていた。
「GGeeeeYAAaaaaaaaaaaaaaaa!!!」
「――ッ!!」
巨大な衝撃波のような叫び声。
まるで魂まで刈り取られるのではと思う程の衝撃がスフラを襲う。
全身の力が抜けて膝をつく。体を支えようにも、腕にも力が入らない。手に持っていた『青龍偃月刀』も地に転がっている。
その巨大なゴブリンたちは何をしたわけでもない。
ただそこに居て、ただ叫んだだけ。
ただただそれだけのこと。
その一体一体の内に秘めた力は、いとも簡単に世界を滅ぼさんとすら思えるものだった。
『聖杯に刻まれしは聖なる
「――けどよ……世界は終わらねえよ」
天空に現れる光の剣。その数十二振り。
空を覆う闇を晴らすかのように光り輝き、その姿は神々しくも美しい。
『その聖剣は異なれど一つにして十二。
「ここには――最強の魔王様がいらっしゃるんだからよ」
『振り下ろし、斬り裂き、貫け――
巨大なゴブリンの前には木の葉にも満たないサイズの光の剣は、光速の速さをもってゴブリンの胴体を貫く。
それは一瞬。当のゴブリンすらも認識出来ないほどの刹那の瞬間。
今まさに大地に降り立とうとしていたゴブリンの体はその刹那にして光の粒子と化し消え去っていた。
空を覆っていた闇は消え去り、後に残っているのは多くの倒れた兵士とゴブリンたち。
そして意識のあるスフラと、離れた場所から全てを見ていたブリッツだけだった。
「俺の運が良かったのか……それとも、あいつらの運が無かったのか……どっちだろうな。下手な策を打たなけりゃあ、もうちっと長生き出来たかもしれねえのによ」
スフラはシンがいた場所を振り返る。
しかし、そこにはブリッツの気配はあったが、先ほどまで感じていたシンの気配はすでになかった。
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